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魔法使いとか聞いてねえぜ!
「トンネル抜けたら雪国だった」ってやつあるじゃん。
なんかすげぇ人の書いた、小説の出だしってことで、有名だよな。まあ、俺なんぞは読んだこともねえし、よく知らんのだけど。
たださ、たかがトンネル一つ抜けただけで世界変わるかよ? ていつも疑問ではあったわけな。だって、トンネル抜けたらいきなり「雪国」だぜ? ステーキ屋とはわけが違うよ。
するとさ。
俺と負けず劣らず馬鹿のイノリなんかは「そりゃー、トキちゃん。トンネルにもいろいろあるんだよ。千尋だって、トンネルくぐって不思議の国へ行くんだし」なんて、目ぇきらきらさせて言うんだな。
そんで、お前ソレ作り話じゃねぇか、やっぱありえねえよなんつって、みんなで馬鹿笑いするのが、いつもの流れってやつだった。
そう。ほんのちょっと隔たりで、世界が変わるなんてありえねえ。
ありえねえ、はずだったんだけど。
「とと[[rb:時生 > ときお]]ー!? 今日遅いんじゃ……?!!」
「あっ、時生くん! これにはわけが!」
トンネル抜けたら、異世界だった。
いや、俺の場合は、トンネルじゃ無くて俺ん家の玄関なんだけど。
目の前に広がるカオス。
その根源は、ソファで抱き合う中年のオッサン二人。
玄関開けたらサトウのごはん、とはいかなくて。異世界よろしく、オッサンどものキスシーンが繰り広げられていた。
しかも、片や親父で、片や親友の親父って言うね。それって、どういう地獄だよ。
そりゃ服は着てるし、くんずほぐれつってわけじゃあないよ。
だけどそんなん、慰めになる?
「なにやってんの? 父さん、おじさん」
思ったよりクールな声が出た。
ビビッて飛び上がったちびのオッサンが、ソファから落ちそうになる。間一髪、背の高い美形のオッサンがキャッチした。ちびのオッサンーー俺の親父が頬を赤くしたのをみて、気を失いそうになった。
いや、今日はさ。部活が休みになったんだよ。
あ、ちなみに俺は、サッカー部。地区大会も勝ち抜けねー弱小なのに、やたら顧問が張り切ってて、ちょっと頑張ってる系で。
昭和の熱血サッカー少年そのものに、毎日「うおおおお」とタイヤ引きずって走ってみたり、ドリブルでコーンをなぎ倒したり。
それでちっとも勝てねえあたり、俺たちマジで才能ねえけど。楽しいからいいか、なんつって。
まあ今日は、顧問が代理の出張で。テスト前だし、エースの佐藤は追試だとかで、「お前らも、ちっとは勉強しろよ」って、急遽中止になったわけ。
そんで、いつも最終門限まで、俺が帰ってこないもんだから。オッサンたちは、安心してイチャついていたってわけらしい。
つか、もしかして、いつもこんなことしてたのか。
俺が懸命に部活してる時に、オッサン同士で、不倫キス?
それって、かなりクソじゃねえ?
「どういうことよ。二人はマジで何なわけ? ふざけてんの? つきあってんの? 何なのよ? てーか母ちゃんは知ってんの?」
「あわあわわ」
唾を飛ばして捲し立てる俺に、父さんが泡吹きそうになっている。
すると美形のオッサンは、そんな相方を庇うように立ち上がり、きりっとした顔になった。
そんでもって、俺にむかって「武器はねえぞ」とでも言うように、両手を広げてみせる。
「時生くん、落ち着いてください。ちゃんと話をしましょう、ね?」
猛獣に言うように言われたならよかった。
いつも通り、大人で親切なおじさんの声で言われ、俺は猛烈にカチンとした。
「誰が落ち着けるか、このくそボケどもっっっ!!!」
俺は怒鳴り、鞄をバーンと床に叩きつけた。
ぎゅん、と踵を返し、玄関を一気に逆戻り。
背中で、俺を呼ぶ声が聞こえたけど、当然知らねえふりをした。
ばごーんって、地球ごと吹っ飛ばす勢いで、思いっきりドアを閉めてやる。うちは賃貸マンションだけど、ご近所から苦情が来たって知るかってんだ。
そんで、ぜえぜえ荒い息吐きながら、ドアに凭れていた時だった。
「ふざけんなよ!! 色ボケババア共がっっ!!!」
突如響いた大音声。
びりびりびり、と凭れていたドアが振動する。ぎょっとしていると、隣家のドアが、バーンって凄まじい勢いで開いた。
そんでもって、イノシシみてえに共同廊下に飛び出してきた、長身の男。
亜麻色の髪を振り乱し、女子に美形とほめそやされる、甘いマスクは引き攣っていた。
「イノリ……?」
俺は、すげえ形相の幼馴染に若干びびりつつ、名前を呼んだ。
すると、化け物でも見たみたいに真っ青な顔が、くるんと俺の方を向く。
「トキちゃん……」
かっと見開かれた目が一瞬で潤み、甘えた声で名前を呼ばれた。イノリは、地獄で仏にあったみたいに、ぱたぱたと駆け寄ってくる。
死ぬほどむかついていた俺だけど、それでつられて眉が下がった。
「おい、どうしたんだよ」
そんで、幼馴染のほうへ、一歩近づいた時だった。
バタン! という音の二重奏。俺の家とイノリの家のドアが、同時に開いた。
「待ってください時生くん、話をしましょう? お願いですから!」
「ババアなんて酷いじゃない、イノリ! まず話を聞いてちょうだい!」
そして、中から現れたおじさんと、イノリのお母さん。それぞれその背後に、俺の父さんと母ちゃんがくっついている。
「うっせえな! 話すことなんてねえよ!」
四人が出てきた途端、悪鬼みたいな顔になってイノリが怒鳴った。初めて聞いた親友のどすの聞いた声に、俺はぴゃっと飛び上がる。
そんなイノリに、おばさんが切れた。
おばさんは「ギャア」と叫んで、万歳した両手の間、なんか火の玉みたいのを生み出した。
「はあ????!」
ちょ、意味分かんねえ。
真っ赤な炎が、ボールみたいに飛んでんの。
つか、超、熱いし。
火の玉は俺の前髪を焼きながら、イノリに向かってすっ飛んでいく。
しかしイノリは動じない。うるさそうに腕を払うと、火の玉をかき消してしまった。
俺は、意味わかんなすぎてボー然とした。前髪がぶすぶす焦げてやたら臭いから、ギリ現実ってわかるくらいだ。
「ババアてめえ、トキちゃんに何するんだよ!」
「はあ? あんたがうざいからでしょ?!」
俺の頬を両手で挟んで、イノリが青筋を立てる。おばさんも居丈高に腕を組んで、「私は悪くありません」と誇示するように、顎を突き上げた。
イノリは今にも殴りかかりそうな気配になる。ちょっとまって、お前そんなに気が荒い奴だっけ?
「二人とも、落ち着いてください!」
おじさんは、イノリとおばさんの間に割って入り、声を張り上げた。もう近所迷惑ってどころじゃねえな、と俺は明後日に現実逃避した。
こんなときに、俺の父さん母ちゃんはおろおろしてて、てんで役に立たねえしよ。息子の俺が情けねえ。
「ちょっと、まじでなにがどうなってんの?」
マジでしょげた声が出て、余計に途方に暮れちまった。
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