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そのまま302号室から出てくれたのだろう。
俺はすぐにまた横になったので「出ていく」瞬間そのものは見ていないけれど、人の気配が完全に消えていた。
扉を開け閉めする音すら聞こえなかった。夜中なので気を使って、そっと静かに開閉したに違いない。
そのように好意的に解釈して、勝手に納得する。
俺は睡眠に戻るつもりだったが、人と話したせいか、ちょっと眠気が覚めてしまったようだ。
ちょうど尿意も催してきたので、トイレへ行こうとして……。
その瞬間、ハッとする。思わず独り言を口にするほどだった。
「あれ? 俺はドアの鍵、きちんと閉めていたはず……」
もうトイレどころではなかった。
慌てて確認しに行けば、確かにドアは施錠されている。
長い黒髪の彼女が出て行く際に、鍵を掛けたわけではない。合鍵の類いを持たぬ彼女には、外からの開閉は不可能なのだから。
「ならば彼女はどうやって、鍵の掛かったドアを出入りしたんだ……?」
事ここに至り、ようやく俺はきちんと目が覚めたらしい。
先ほどトイレへ行こうとしてハッとしたつもりだったが、あの時点では、まだいくらか寝ぼけていたのだろう。
この瞬間、やっと俺は思い出したのだ。
402号室に住む女性が先月、ベランダから落ちて亡くなったという噂を。
(「ただいま」の声で夜中に目が覚めて・完)
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