夢から醒めても。

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   ーー穂積さんのことが好き?  雪那は大きな窓から頭上に輝く月を見つめながら、先程息子としたやりとりを思い出していた。  雪那の問いかけに那月は迷うことなく即答した。  「あの人のこと、愛してる」  那月は真っ直ぐ前を見つめて言った。  「俺に出来ることは何だってしたいと思うし、差し出せるものは全部あげたいって思うんだ」  雪那は一点の曇りもない我が子の瞳に釘づけになった。  いつも俯いていて伏目がちで、無気力、無感動な子だったのに……。  いつのまにこんなに変わったのだろう。    自らの殻に閉じこもっていた那月を(あで)やかな蝶へと穂積が羽化させたのだ。  もっさりと髪を伸ばし、誰とも目を合わさず、誰にも興味を示さなかったのに。  あの晩からたった1週間と数日の間に別人のようにみちがえた我が子を見て、雪那は驚きを隠せない。  「那月、あなた変わったわね」  「あの人と、周りの優しい人たちのおかげ」  「みなさんに大切にされてるのね」  「うん」  那月は幸せそうに柔らかい表情で笑うようになった。  母親としてはそれが1番嬉しかった。  「穂積さんには感謝してもしきれないわね」  「うん。俺、あの人と出会えて良かった」  雪那は那月の幸せそうな顔を見て、那月の父親である崇春と自分が出会ったばかりの幸せだった頃を思い出した。  雪那は那月の中に亡き夫の面影を重ねていた。  周りからはよく那月は母親に生き写しだと言われるが、雪那は那月の瞳が崇春とよく似ていると思いながら育ててきた。  自分の命が消えかかっている今、雪那は那月がひとりではなく、愛する人と一緒で本当に良かったと思う。  穂積なら那月を大切にしてくれる。  那月のことを見つめる時のあの深く優しい眼差しを見ればわかる。  超がつくほどの美形で、優しげな風貌。  穂積と崇春は少しだけ雰囲気が似ている。  しかも穂積はやり手の実業家だという。  さらに彼の後ろにはあの久我嶺秋がいるのだ。  色々と黒い噂もあるが、嶺秋がバックにいるとなれば誰も那月に手は出せない。  直接話した限り彼は昔より相当丸くなったように見えたし、那月を悪いようにはしないだろう。  これで思い残すことなく逝くことができる。  母親らしいことが何ひとつ出来なかったことは悔やまれるが、嶺秋や穂積、那月のおかげで雪那は幸せな最期が迎えられることをありがたく思った。
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