夢から醒めても。

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 17年間生きてきて、それまでは本当に何もないつまらない人生だったのに、今年の夏休みは初日から激動のスタートを切った。  家族全員でヤクザに売られそうになり、初対面の男に攫われ、気づいたらタイの南国リゾートにいた。    伸ばし放題だった髪を切り、生まれて初めての友だちができ、初めて他人と触れ合った。  初めてのキス。  初めてのエクスタシー。  手でされるのも、口でされるのも、すべてが初体験だった。  初めてのセックスの前に不本意な誘拐をされ、危うく乱暴されそうになったりもした。  それまで1度も会ったことがなかった親戚と会ったり、その親戚に脅されて穂積と引き離され、日本に連れ戻された。  母の実家がもの凄い名家であることを知り、母とともに親戚の家に監禁された。  そして再会した母から余命数ヶ月の身であることを告げられ……。  監禁から一転、親子揃って終末緩和ケアの施設に厄介払いされるところだったが、  母と那月を穂積が救ってくれた。  穂積は那月だけでなく、初めて会ったあの晩からずっと母のことも守り続けてくれた。  最期まで。  那月の初体験のほとんどは穂積が奪い、与えてくれたものだ。  初めての恋。  すべてを差し出してもいいと思えるほどの愛。  那月は自分でも気づかないうちに穂積に恋をしていた。  夏休みという約2ヶ月の間に数えきれないほどの「初めて」を体験した。  その間ずっと、穂積がそばにいてくれた。  そもそも夏休み前と今では苗字も違う。  那月の場合、苗字が変わるのはいまに始まったことではないのだが、今回に限りその意味合いが今までとはまるっきり違う。  ーー君を永遠に俺だけのものにしたいから、久我の(せい)で縛り付けておきたい。  この先もずっと久我那月でいてくれる?    那月は短い夏の間に人生が大きく変わる数々の体験をした。    たったひとりの人間と出会っただけで那月のすべてが変わった。  夢のような激動の夏が去り、母が逝き、季節が変わり、目まぐるしく変化する日常に那月はひとり取り残されそうになっていた。
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