夢から醒めても。

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 日頃双子が食材を買うのに使っているのは高級なデパートやスーパーだが、今日ふたりが来たのは庶民的なチェーンのスーパーだ。  穂積に至ってはスーパーに入るのは人生初の経験だった。  那月は幼少の頃からの癖でスーパーに来ると1番に見切り品やセールのワゴンをチェックしてしまう。  「あ!俺の好きなパン、半額になってる!食パンも!」  那月は見切り品コーナーと書かれたワゴンに積まれたパンを見て感激した。  穂積は買い物カートが珍しく、押したいと言ったはいいがタイヤの調子が悪くて思うように動かせず、那月の後ろで右往左往していた。  那月は貧乏時代によく買った安くて大きな菓子パンを手にとり、同時に食パンにも手を伸ばしたが、すぐに思いとどまった。  自分が食べる菓子パンはともかく、高級品しか口にしたことがない穂積にこんな安くて賞味期限が迫っている食パンなど食べさせられない。  「那月?」  1度手にした食パンをワゴンに戻し、切ない表情をしてみせた那月に穂積が声をかける。  「その菓子パン懐かしいな。子どもの頃、悟とマキと分け合って食べたよ」  「え⁈穂積さんが?」  那月がびっくりして振り返ると、穂積はなんでもないことのように告げた。  「俺と悟とマキがいた孤児院ではおやつの時間によく出たんだ。でも年上の嫌な奴に奪われたりして、良くて半分とか3分の1ずつしか食べられなかった」  「孤児院?」  初めて聞く話に驚きながら穂積を見上げると、榛色の瞳を細めて続けた。  「俺と悟は裏稼業で栄えてた大きな家の出身だけど父親がなかなかのクズでね、女をとっかえひっかえする男だったんだ。俺の母が病気で死んで悟の母親を後妻にしたんだけど、すぐにもっと若い女に入れ込んで母のことも俺たち兄弟のことも平気で捨てたんだ」  那月はこれまで穂積の品の良さは裕福な家庭で育ったからだと思っていたが、事実は少し違ったようだ。  「俺が中学、悟が小学校の時に孤児院に入れられてそこでマキと知り合った。俺たちがいた所は上に立つ大人が汚い奴らで、そこで暮らす子どもたちも(すさ)んでた。だからすぐに嫌気がさして3人でそこから抜け出したんだ」  
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