赤と緑に囲まれてみた。

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 「……夏が……タイでの日々が懐かしい」  遅い昼食のあと、那月はリビングのソファで穂積に後ろから抱きしめられた状態でポツリと呟いた。  「こんなに寒くなっちゃって……常夏のヴィラでスコールを浴びたのも、穂積さんと……初めて結ばれたのも、何度も抱き合ったことも。全部、夢だったみたいに、遠くて……」  「那月、寂しいの?」  穂積は腕に抱いた那月の艶やかな黒髪に口づけた。  那月は穂積の腕に頬擦りをし、柔らかな唇でそっと触れた。  「……那月」  「あのヴィラが恋しい……」  初めて裸に触れられた時も、穂積と結ばれた時も耳にしていたスコールの轟音が日に日に薄れていくことが寂しかった。  「そうだね」  あんなに暑かった夏は瞬く間に過ぎ去ってしまった。  何もかもが熱くて、焼けるような、溶けるような、情熱的だった南国での日々が恋しい。  日本の夏も確かに暑かったけれど、その青空も蒸し暑い空気もどこか褪せているような印象を受けた。  夏が逝ってもこの(きもち)が冷めることはないと思っていたし、実際前よりももっと深くお互いを知って、理解して、心の距離も身体の距離も近づいている感覚がある。  愛情は深まっている。  だけど……。  「秋だから……切ないの?」  ーー夏とともに母が逝ってしまったから?  置いてきぼりをくって、独りぼっちのような気持ちになっているのだろうか。    那月は逞しい腕の中で振り返り、黒く濡れた大きな瞳を揺らして穂積を見つめた。  「……胸が……苦しい……」  穂積は切なく揺れる瞳に吸い寄せられるようにキスした。  「……穂積さん……好き……」  唇を合わせたまま吐息とともに囁いて、那月は甘い囁きを漏らす。  「……んっ……好き……大好き……」  那月が体の向きを変えて穂積の首に両腕を絡め、密着すると口づけはさらに深く激しくなる。  「……俺も好きだよ……苦しいくらい、好きだ」  「……ンンっ、離さないで……絶対……離さない……で……」  薬が効き出したのとお腹が満たされたことで那月は睡魔に引き摺られるように目を閉じた。  「大丈夫。何があっても絶対に君を離さないから」  絡めた腕が解け、斜めに(かし)いでいく那月の身体をしっかりと抱き止めて、穂積は白く小さな額に優しく口づけた。  「約束だ」  
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