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「後悔してない?」
窓に打ちつけては弾け、流れ落ちていく雨の雫を見つめていた那月は後ろから強い腕に抱きすくめられ、耳元に低く囁かれてそっと目を閉じた。
雨音と潮騒が溶け合う心地良い調べに耳を澄ませ、那月は男の逞しい腕に白い手を重ねた。
怯えることはない。もう充分な時間を2人で過ごしたから。
自分のことを気遣い、辛抱強く優しく接し続けてくれた久我のことを思い、那月はゆっくり首を横に振った。
「本当にいい?」
低く心地良いバリトンの囁きと、久我が言葉を発するたびに鼻先に漂うワインの香りに酔いしれながら那月は小さく頷いた。
「嬉しくて目眩しそうだ」
そう耳元に囁かれ、耳朶を甘噛みされて那月は小さく身震いした。
久我の匂い、腕の熱さ、眼差しの深さ、その全てを那月は知っている。
あの日から毎日少しずつ知らされ、教えられ、慣らされてきたからだ。
気の長いこの男のおかげで那月は怖い思いをせずに役目を果たすことが出来そうだ。
身体を反転させられ、長い指で顎を上向かされて瞳がぶつかる。
いつもは涼しげな切れ長の瞳が熱を帯びて揺れているのを見て、那月は躰の中心が熱くなるのを感じる。
「好きだよ」
囁きと同時に触れてきた唇は昨日までのそれとは違っていた。
一瞬で自分を捕らえ、深く絡んできた情熱的なその口づけに、那月は久我がこれまでどれだけ手加減してくれていたかを思い知らされる。
何も考えず、この男にすべてを委ねればいい。
そう自分に言い聞かせて那月は全身の力を抜いて久我の首に両腕を絡め、長いまつ毛を閉じた。
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