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第38話
一方、花蓮と怜央は第四ステージの美術室へ向かっていた。目的のアイテムはペアで踊るデッサン人形。花蓮は恐怖心を紛らわせるためか、先ほどから怜央に美術室の都市伝説を語り続けている。
「でね、モナリザの目玉が動いてこっちを睨んだっていう話もあるのよ! ヤバくないッ? 怖いでしょ!」
「それ、多分ただのモナリザ効果ですよ」
延々と続くオカルト話にうんざりしながらも、怜央が律儀に耳を傾けているのは花蓮の知識が本物だから。ちなみにルーブル美術館にあるモナリザもどこから見ても見つめられている錯覚を催す絵画として有名である。この現象についた名前がモナリザ効果だ。
「さて、覚悟はいいですか? 花蓮さん」
「いいわけないでしょ! 結月と合流するまでここで待つべきよ!」
美術室の扉を押さえて花蓮が喚く。その後ろから結月は遠慮がちに声をかけた。
「あの、ただいま……」
「結月! ねぇ聞いて、怜央が、怜央がああぁぁ!」
「おかえりなさい、結月さん。ご無事で何よりです。早速で申し訳ないんですけど、花蓮さんどうにかしてください」
扉から花蓮を引き離し、疲れ果てた様子で怜央が言う。結月は腰の辺りにしがみついている花蓮の頭を撫でながら苦笑した。
「怜央もお疲れさま。それとこれ、音楽室のアイテム。麗華が持ってたからちょっと強引に渡してもらった。殺してはいないし、いいよね?」
「はい、大丈夫です」
怜央は楽譜を受け取ると、折り畳んで制服の内ポケットにしまう。正確には渡してもらったというより奪い取ったの方が正しい表現なのだが、その程度は誤差のようなものだろう。
ようやく泣き止んだ花蓮の手を引いて、三人は美術室へと足を踏み入れた。正面に飾られているモナリザの眼球が左右に動き、プレイヤーの動きを追う。結月は面白がって絵画に近づいてみたのだが背後から花蓮に殴られて呻き声を上げた。
「遊ばないの! 殺されるわよ!」
絵画に殺される未来を、結月は思い描くことができない。とはいえここはゲームの世界。そういうこともあり得るのかと、渋々引き下がる。
一方の怜央は自動で描き足されていく絵を興味深げに眺めていた。空中を筆が自由自在に飛び回り、風景画を描いているようだ。芸術方面の知識を持ち合わせていない結月には、その絵の価値を推し量ることはできない。
「ねぇ、デッサン人形あったんだけど。早く次に行きましょう?」
「ちょっと待って下さい、花蓮さん。この絵が完成するまで……」
「バカじゃないのッ? アホなのッ? いいから早く行くわよ!」
ペアで踊るデッサン人形は極めて無害なアイテムだったが、それでも怖いらしい花蓮は結月に人形を押し付けて怜央に叫ぶ。怜央は名残惜しそうに絵画から離れ、結月の手の上で躍り続ける人形を指で突いた。
「ずっと踊ってて疲れないんでしょうか」
「NPCだし、疲れないんだろうね。怜央片方持ってくれる?」
「分かりました」
デッサン人形は互いの手が離れるとその動きを止める。ペアでないと踊れないようだ。花蓮が気味悪がって泣き出したため、結月は人形をスカートのポケットに突っ込んで隠した。
「次は家庭科室か。もう折り返し地点だね」
制限時間にもまだ余裕があり、ここまでは割りと順調に進んでいるように思える。だが一筋縄ではいかないのがこのゲームだ。むしろ順調な状況こそが結月には不気味に思えた。
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