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第40話
入り口の壁に背中を預けて立っていた結月はその悲鳴を聞いて我に返る。
「花蓮ッ? どうしたの……」
一瞬驚きはしたものの、また何らかの心霊現象だろうと楽観的に考えていた結月は思わず息を呑んだ。花蓮が選んだ個室で、よく知るプレイヤーが首を吊っている。麗華だった。
「なんで……」
彼女の手にはガラスの破片のようなものが握られている。震える身体を必死で動かし、結月にすがり付いてきた花蓮が呟いた。
「順番、守らなかったから……」
言われて確認してみると、麗華が持っていたのは鏡の欠片。恐らく、四階の大鏡だろう。その時、女子トイレ内に子供の声が響いた。
『いーけないんだ、いけないんだ。順番抜かしは大罪だよ?』
甲高い、耳障りな声。半泣きの花蓮を庇いながら結月は問いを投げる。
「だから、麗華を殺したの?」
返答があるかは分からなかったが、謎の声は結月の疑問に答えた。
『お姉ちゃんを殺したのは私じゃない。このゲームそのもの、だよ? そこのお姉ちゃんが最初に言っていたみたいに、順番はしっかり守らなきゃ』
やや話が噛み合っていない気もするが、結月はある程度の事情を瞬時に理解する。やはり、花蓮が言う通りに規定のルートを選択したのは正解だったのだ。最短距離でゲームを進めれば、最悪の場合全滅していた。そして麗華は結月たちが包丁と格闘している間に大鏡を破壊し、順番を抜かしてしまったのだろう。
つまり麗華は、ゲームの裏ルールに殺されたのだ。
『でも、ここでお姉ちゃんが死んでくれたのはみんなにとってラッキーだったんじゃない?』
「それって、どういう……」
『最後のアイテムを手に入れるためには、死人の血液が必要だから!』
謎の声は二人を嘲笑うように甲高い声で告げる。
『結局、このゲームは全員でクリアすることなんて絶対にできない仕様になってたんだよ! だからよかったね? お姉ちゃんたち! 自分の手を汚さずに済んで!』
「もう嫌、黙って!」
花蓮が耳を塞いで叫ぶと、声は一度舌打ちした。
『何よ、つまんないの。そんなに他人の犠牲が嫌ならお姉ちゃんが死ねばよかったのに』
そして捨て台詞を残して声は消える。結月は麗華の足元に転がっている蓋付きのフラスコを拾い上げた。これに血を入れて持ち運べるのだろう。泣きじゃくる花蓮の代わりに手にした包丁で麗華の腕を切り、血を入手する。彼女の手から大鏡の破片を受け取って、結月は花蓮に右手を差し出した。
「花蓮、行こう。立てる?」
花蓮は無言で頷くと結月の手を取る。傷口が痛んだが、何とか堪えてトイレを出た。
「あ、結月さん。どうかしたんですか?」
花蓮の悲鳴が届いていたらしく、怜央が結月に声をかける。結月は少し考えてから端的に状況を伝えた。
「うん。ルールを破って麗華が死んだんだ。首を、吊っていたよ」
「……そうですか」
「最後に、挨拶しておく?」
「はい。そうさせてもらいます」
普段であれば当然女子トイレは男子禁制の場所だが、ここはゲームの世界。今くらいは怜央の立ち入りも許されるだろう。
怜央は麗華の遺体と向き合った。途端に身を焦がすような怒りが沸き上がってくる。
「こんなものなんですか。あなたの運は」
許せなかった。不遜にも自分をライバル視し、会う度に突っかかってきたいけ好かないプレイヤー。彼女を殺すのは自分だと、怜央は信じて疑わなかったというのに。勝手にルールを破って死ぬなど、許せるわけがない。
やはり兄の手に委ねるまでもなかったということだ。こんなことになるならばどこかのゲームでさっさと殺しておくべきだった。そんな思いを込めて怜央は麗華を睨み付ける。
彼女は首を吊っているとは思えないほど穏やかな顔で目を閉じていた。それがますます怜央を苛立たせる。
「最後くらい、みっともなく泣きわめいて下さいよ……」
クリア回数四十二回。全てのゲームで己を貫き、そして散ったベテランプレイヤー。死の淵で彼女は何を思ったのか。きっと、堂々と胸を張って逝ったに違いない。怜央や、その他のプレイヤーに笑われないために。
だが、それを確かめる術はもうどこにも存在しなかった。
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