愚考実験

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愚考実験

 名は体を表すというが、そんなことはない。  元気という名前の人間が健康ではないこともあれば、正、という名前の人間が犯罪で捕まるニュースだってある。  「賢子(さとこ)~。ここわかんない~」  放課後の教室で知夏に勉強を教える。今は数学だ。私は、自分のノート閉じて、知夏が指差す箇所を覗き込む。ああ、それか。確かに私も以前、少し理解するのに詰まった。が、それも過去の話。私は知夏に教える。人に教えるというのは、自分の理解力も上がるから私のためにもなる。  「これは前にあった、ここの公式を」  私が教科書をめくり、公式が載ったページを開く。知夏がしばらくそれを見る。シャーペンを口元にやり、真剣に考えているようだ。やがて「なるほど~」と口にした。理解してくれたみたいだ。  「さすが賢子。頭が良くて羨ましいよ」  「そんなことないよ」  そう。私は名前通りのような賢い人間じゃない。私たちは勉強に時間を費やす。沈黙が続く。ミンミンとセミが鳴り、校舎からは吹奏楽部の練習が聞こえる。校庭ではサッカー部の男子の声が届いた。蒸し暑い。空を見ると、晴天だ。そういえば午前中に少し雨が降ったか。きっとそのせいだ。アイスが食べたいなあ、なんて思ったとき、不意に知夏が話しかける。  「ねえ、賢子」  「なに?」  「もし仮に、あなたが人を一人救えるとします」  なんだ、急に。と、思いつつも私は知夏の話に軽い気持ちで乗っていく。  「ほほう」  「片方は、才能溢れるけど性格がちょっと悪い若者です。もう片方は、何にも秀でてないけど性格が普通な高齢寄りの中年です」  「ふむふむ」  「あなたはどちらかを助けることができますが、その代わり、もう片方は死にます」  「急に重いなあ」  「さあ、あなたはどちらを救いますか?」  ふむ。これは、いわゆる……。  「トロッコ問題、だね」
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