愚考実験

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 私が言うと、知夏はぽかんとした表情を見せた。間抜けな顔と目が合い、少しばかりの時間が流れる。廊下の方からは二人組の女子が笑い合う声が聞こえた。知夏が口を開く。  「なにそれ?」  ずこーっ。と、妙な脱力感が私を襲う。知らなかったのか。いや、知夏のことだ。似たようなシチュエーションを、フィクションか何かで見聞きしたのだろう。私は苦笑しつつ、トロッコ問題について、ざっくりと説明する。  「トロッコ問題っていうのは、思考実験の一つだよ。トロッコのレバーを操作すればトロッコの先にいる一人が助かるけど代わりに別のルートにいる五人が亡くなるっていうシチュエーションがあって、レバーを操作するかどうか選択を考える。そういう思考実験」  「思考実験。聞いたことある……なんか哲学者とか頭の良い人がやるやつだよね!」  私以上にざっくりな説明だった。理解してもらえたなら、それでいいけれども。  「まあ、うん。そんな感じ」  「で、賢子ならどうする?」  「うーん……そうだなあ」  確か今回は【才能溢れるけど性格がちょっと悪い若者と、何にも秀でてないけど性格が普通な高齢寄りの中年】、だったか。どちらかを助けるとどちらかが死ぬ。今回はレバーを操作、といった具体的なアクションはない。ということはレバーを操作しない、つまり「命の価値を自分で判断、選択をしたくない」という考えはないわけだ。必ず、どちらか選ばないといけない。  こういう頭を使う作業は、もっと涼しい場所でしたいものだ。とりあえず私は時間を稼ぐことにした。知夏に質問する。  「知夏はどうしてそんな問題を提示したの?」  「んー。ムカつくけど男子がいたから、かな」  「そこからそういう思考になるんだ……」  何があれば、こんな問いにたどり着くのか不明だが、まあ、人間の思考なんてこんなものか。シンプルなはずがない。  「あはは。それで、強いて言えば賢子はどっち?」  「えー? 知夏はどうなの」  「うーん。じゃあ、同時に言おう。考えがまとまるまで待つから」  「わかった」  考える。考える。バカなりに思考した。時計の針が動き、午後五時を目前に迎える。そして導き出した結論は……。  「答えが出た」  「よし。じゃあ、せーのっ」
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