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転入生、襲来のお知らせ
常に霧がかかった山の奥深く。牢獄のように堅牢な城がそびえ立つ。
世間から隔離された全寮制の学校。それはティタン魔法妖術専門学校。
光魔法を始祖とする正統派の5属性魔法から闇の秘術まで。汎ゆる魔道を司る。
そんなティタン魔法妖術専門学校の校内。
暗い色の木でできた本棚に囲まれた部屋の中をおしゃれなガラスランプが照らす。
高級で柔らかな絨毯の上には、中央に向かって配置された立派な机と椅子のセットが五つ。
そのすぐ横には高級そうな向かい合わせのソファーとローテーブル。
あらゆる設備が充実したこの部屋の正式名称は“委員会および部活動本部役員会議室”。
名前が長すぎるのでほとんどの生徒、先生からは略して”本部会議室“と呼ばれていた。
本部会議室は主に”委員会および部活動本部役員“略して“本部役員”と呼ばれる五人が活動している。
委員会は、環境委員会、体育委員会、図書委員会など計八つ
部活動は、ホウキ部、ゴーレム部など有名なものだけで計十五程度。小規模の愛好会なども含めると三十ほど。
日々の活動レポート、使った費用の領収書など各部委員会の長たちが持ってくるそれを上手く取りなすのが本部役員五人の主な仕事である。
そして本部会議室には、今日も役員たちが集まっている。
備え付けのミニキッチンの魔法式ケトルはぐつぐつとお湯を沸かし、白い煙をもくもくと吐く。
曇ったガラス窓の外から雨の音がする。
外の暗がりから切り離されたように、部屋の中は明るい。
「暇だなぁ〜」
ふかふかの椅子に座った辛夷は、杖の先をがじがじと甘噛みしながら頬杖をついて魔導書を読んでいる。
紺色の髪、揺れる琥珀色の目が少し眠そうに瞬きをして。辛夷はその眠気を覚ますようにぐっと伸びをした。
辛夷が座るのは委員会本部の、その長の席だ。
「なぁ、なんか書くものとかねぇの?」
床に置いてある自分の鞄から筆記具を取り出すために、上にかぶせていた自分のローブを適当に投げる。
投げられた青いローブは本棚にぶつかって、やがて床に落ちた。
もちろん投げた本人である辛夷は、適当な性格をしているため床に落ちたそれを気にすることはない。
そうして片手で鞄の中からペンケースを取り出すと、さらにそのペンケースから魔法式の羽ペンを取り出す。
それもまたローブと同じように床に投げられる。
投げられたそのペンケースは勢いよく絨毯の上を転がって、役員仲間であるソウジュツの足元まで到達した。
「……」
辛夷はやはりそれを見もしない。
取り出したばかりのその羽ペンを口にくわえて、一生懸命自分の鞄の中をガサゴソとあさっている。
やがて目当てのもの。一冊の本を取り出すことに成功した辛夷は挙句の果てに自分の鞄まで床に投げ落とす。
何もかも床に投げ置いてゆく辛夷を、几帳面な性格のソウジュツは何か言いたげな表情で見た。
薄灰の髪を耳にかけ、ソウジュツは足元のペンケースを拾い上げる。
「ちょっと辛夷さん、お行儀が悪いですよ。探し物なら面倒がらずに杖を使いなさい」
ソウジュツは床の散らかりようを気にもせず、書き物に没頭する辛夷にしびれを切らし苦言を呈す。
氷色の目を、不満そうに細めて辛夷をじっと見つめるソウジュツ。
「そうか、すまんな。杖を探すのが面倒だったんだ」
辛夷の机の上の杖立てには、数えきれないほど杖が立ててある。
杖を集めるのが好きな辛夷は、便利な杖を買ったり自作したりして今も集め続けている。
その杖たちは書類を自動で仕分けてくれるもの、目当ての物を一瞬で手元に引き寄せるものなど。使えばとても便利な杖ばかり。
だが辛夷の場合はたくさん杖持ちすぎているがゆえ、どの杖が何をしてくれる杖なのか見分けが面倒で逆に不便になっている有様だった。
「あなたの杖マニアももいい加減にすることですね」
ソウジュツは辛夷が気にもしていないことに、すっかり呆れてしまっている。
辛夷の机の上の優秀な杖たちは、今や飾りも同然。
そんな辛夷はソウジュツの言葉を気にも留めず、鞄から取り出した本に羽ペンでずっと何やら書き込んでいる。
ソウジュツは呆れたのか、床に落ちた辛夷の物。あれやらこれやらを拾い集め、鞄に入れる。
そして最後に辛夷の青いローブをソファーの背にかけた。
「まあまあ、ここは俺らしかいないんだし。いいじゃん、別にさ」
「今ぐうたらなのが、外で出るから困るんです。カイカ、あなたもですよ」
ソウジュツは、向かいのソファーに座って菓子を食べている人物。カイカを睨みつけた。
カイカもソウジュツたちと同じ役員に選ばれた一人だ。軽薄な茶髪に暗い赤色の目をしている。
そんなカイカは木のボウルに盛られた豆のスナックをつまみながら、器用にマグカップのコーヒーを飲んでいる。
「この虹色豆のスナックまじでおいしい。ソウジュツちゃんも食べてみなよ」
カイカはソウジュツに菓子の入ったボウルを差し出す。
「いえ、結構です」
ソウジュツは差し出されたボウルをすぐに突っぱねた。
「そんなことよりもあなた、食べこぼしたら自分で掃除してくださいよ」
怒った顔のソウジュツを見て、暗赤色の目を細めながらカイカはいたずらに笑っている。
「私が掃除しなかったらこの部屋は本当に終わりますね」
辛夷は床を棚の一部だと勘違いしているし、カイカはその逆でテーブルの存在を認知していない。
その証拠にカイカは目の前にテーブルがあるのに置きもせず、菓子のボウルもマグも両手に持ったまま食べている。
そんなんだから、こぼれるのも当然のことなのだ。
辛夷の荷物をあらかた片付け終わったソウジュツは、今度は机の上やら棚の上やらに放置された本を片付けはじめた。
次から次へと、机の上を片づけるソウジュツの手際は魔法よりも手早い。
五つある机の上、次々とソウジュツは片づけてゆく。
荷物まみれの辛夷の机を片付け、何かのカスまみれのカイカの机を拭き取り、残る二つの机もついでに掃除しようとする。
けれど他の二人の机は掃除するまでもなく、ほとんど何も乗っていないようだ。
それを見たソウジュツはそういえば今日はまだその二人の姿を見ていないことを思い出す。
「そういえば、他の二人はどうしました?今日は来ていないようですが」
「牛黄ちゃんは先生の手伝い、チモちやんは友達と遊ぶってさ」
「まあ確かに、今日は来てもあまり仕事がないですからね」
掃除を終えたソウジュツはソファーの空いている場所に座る。
「掃除も終わったし、私もちょっと休憩しますね」
一人で謎の宣言をして、掃除で綺麗になった本棚をソウジュツはしばらく眺めた。
(そういえば、紅茶でも淹れようかな)
そしてソウジュツが再び席を立ったとき、部屋の隅にかけられた備え付けの墨色をした壁掛け電話が鳴った。
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