秋のある日のこと

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 第一試合。マリアたちは難なく勝利をおさめた。特殊ルール〈キーパー以外の四人で必ずパスを回す〉というのもこなした。おっとりのハナをキーパーにすることで、マリアとナオミ、二人のチームメイトの少年らとでうまくパス回しをしてゴールを決めた。五得点と大量に点を重ね、その内三点がマリアのシュートが決めたものだった。 「さすがマリアだ。ボールを相手に渡さずに得点を積めたよ」  ナオミがマリアの頭をなでながら褒める。チームメイトの少年らも「マリアさんが一緒のおかげで勝てました。勝つと気持ちいいですね」なんて笑っている。  ゴールを守っていたハナも「マリアのおかげでハナはヒマだったよー」と笑いながら近づいてくる。和やかな雰囲気を一瞬にして壊したのはカイルだった。 「よ。今の試合はラッキーだったな」  ナオミとマリアの笑みが凍る。 「せやせや。敵さんのチームワークが良くないから勝てたラッキーゲームやったな」  ダンも近づいてきてニヤリと笑う。 「へえ、もう負け犬が吠えてる。かっこ悪いよ」  ナオミは口角をピクピクと引きつらせながら言い返した。マリアは「そうだそうだー」と舌を突きだしてしかめっ面をしてみせる。 「俺たちはそう簡単に点を入れさせねぇよ?」 「そうや。さっきのおままごとみたいなゲームとはレベルがちがうで」  ダンの嫌味に、マリアたちに負けたチームのメンバーまで険悪ムードになっていく。 「ダン。それぐらいにしなよ。敵を増やすとあとで大変だよ」  うでに数本のボトルを抱えてやってきたリーがダンをなだめる。そのままハナとマリアのそばにやってきてボトルを渡した。 「水分補給した方が良いんじゃない? あと三分でゲーム開始だから」  ハナは「ありがとう、リー」とボトルを受け取って水をゴクッと飲んだ。しかしマリアとナオミはピリピリしていて「敵からの施しは受けない!」と言って、チームメイトの少年たちが持って来たボトルを半ば奪うように受け取って水を飲んだ。 「別に毒とか入れてないよー」  リーはあきれながらも行き場を失ったボトルをカイルに渡した。 「ダンもいる?」 「いらんで」 「そ。じゃあ片付けてくるから、先にコートにいて。……僕がキーパーで良いんだよね?」 「そ」  リーはそそくさとその場を後にした。ダンとカイルは顔を見合わせるとコートへ向かう。そのうしろに続くように彼らのチームメイトの少年が二人続き、そのうしろにマリアたちが続いてコートに立った。  今度はハナとナオミがポジションを交代し、ナオミがキーパーとなった。 (点を入れるには、まずハナにボールを回さないといけない。でもハナにボールが回るときが一番、隙を突かれやすい。ボールを奪われないようにしないと)  マリアは肩を回しながら思考を巡らせる。敵は五人の魔法使い。こちらは半分が魔女、しかも体力のないハナがいる。ハンデのように思われた――けれど。 「ま、これぐらいのハンデがなきゃ、勝ち甲斐がないよね」  不敵に笑うマリアを見て、カイルはふん、と鼻を鳴らす。 「第二試合、はじめ!」  担当教師の声がひびくと同時に、宙からボールが表れてコートに落ちた。マリアとカイル、ダンが一斉に駆けだす。  跳ねたボールはわずかに敵側へ転がった。カイルが先にボールをキープする。 「ダン!」 「オッケー」  カイルからダンにボールが流れる。ゴールに向かってくるダンからマリアはボールを奪おうと滑り込んだが、間一髪でダンはマリアをすり抜けた。そのままチームメイトにボールを渡そうと蹴ったが、方向がずれてしまい、ゴールの方へ。ナオミがボールをキャッチすると、マリアに向かって投げる――。 「おい、マリアをガードしろ」 「わーってる!」  カイルとダンがマリアの前後を挟んだ瞬間、ナオミはニヤッと笑ってハナの方にボールを投げた。 「わわっ!」  ハナもマリアにボールが行くと思っていた様子だったが、運良くボールを確保。たどたどしい足取りでボールを蹴りながら走り出した。 「ま、マリアー!」 「うしろにパスして!」  ハナはくるっと振り返るとチームメイトの少年二人のどちらかにボールをパスしようと目を左右に泳がせた。 「ハナ! とにかく蹴って!」  マリアが足に魔力を注いで勢いよく走った。カイルとダンより一歩二歩早くハナに近づく。 「ちっ、どけ! マリアのずんぐりむっくり!」  ダンが叫んだ瞬間、ナオミが遠くで「あっ」と息を呑む音が聞こえた。マリアもハッとしてダンを凝視する。そのままバランスを崩して前のめりに転がってしまった。 「おい、ダン! それは禁句だ――」 「――ずんぐりむっくり」  カイルは慌ててダンの頭をはたいた。しかし時すでに遅し。 「――ずんぐりむっくり。ずんぐりむっくりずんぐりむっくりずんぐりむっくり! ひどいよ、ハナはただ……ただ、ドワーフなだけなのに!」  ハナの足元を中心に水が渦を巻く。マリアは慌てて立ち上がると、ハナの方へとふたたび駆け寄った。逆にカイルとダンはジリジリとコートの外へ向かって後ずさりしている。 「みんな、プールから出て!」 「ハナから離れるんだ!」  ナオミとリーが叫んで注意喚起をする。その言葉に介さずマリアはハナに触れようとした――しかし大きく波打つプールの水のせいで、なかなか前に進めなかった。  ハナは小柄なお嬢さまだ。しかしその正体はドワーフの血筋の魔女だった。親せきのリーにはエルフの血が流れている。異端同士の祖先が親せきになった――という話は今、ここで必要ではない。  重要なのは、ハナが「ドワーフの血筋であること」で、そのため「小柄で少しぽっちゃりしている」ことを「だれよりも気にしている」ということだった。  ダンがたとえマリアのことを言ったとして――「ずんぐりむっくり」とはハナの前で禁句なのは変わらない。怒りに呑まれたハナは、目の色を変えて怒りにわなないていた。 「ふんぬっ!」  ハナは足を踏みしめた。その足からそそがれる魔力は水を通してプールの床にまで響いた。激しい水しぶきが立ち、マリアは顔面から水を被った。 「ハナ!」 「ふんぬっ!」  駄々をこねる子どものように足を再び踏みしめた。さらに強い波がマリアの足元をさらう。こんなときに限って、体育教師は呼び出されていて校舎を離れていた。 「ハナ! 落ち着いて!」  ハナは再び「ふんぬっ!」と〈唱え〉た。ふんぬ、つまり〈憤怒〉は彼女の怒りの魔力を放出する呪文だった。  ドワーフの特殊能力〈憤怒〉は魔力を一点集中にして放出する攻撃型の魔法だ。もし地面のうえだったら容易に地割れを起こしていただろう。 (仕方ない、この目を使おう――)  マリアは前髪をかき上げて目をかっ! っと見開いた。 「オーロラの眼!」  マリアの目に宿るオーロラが波打つように強くかがやいた。魔力が増大したのを感じたマリアは、目の前を塞ぐように高い波の壁を押し通り、ハナに近づいた。 「ふんぬ――」 「させない!」  マリアは勢いよくハナに抱き着いた。そして体内に増幅した魔力をハナに注ぐ。火を消化する水のように、マリアは魔力をハナに流すことで憤怒の魔法を打ち消していく。 「マリアっ!」  遠くでナオミの声が聞こえた気がした。しかしマリアはハナを抱きしめたままプールの水面に落ちていく。ハナへ魔力を集中して注いだために、宙に浮く魔法が消失してしまったのだった。ハナも魔力が不安定になって一緒にプールの中に落ちてしまったのだった。  プールの波がだんだんと落ち着いていく。 「どうした、何があったんだ!」  体育教師の大きな足音と共にプールが揺れる。授業を受けていた全生徒がプールの中心近くをジッと見つめていた。 「……ぷはっ! はぁー、なんとかなったぁ」  先に顔を出したのはマリアだった。そして「よいしょ」とうでを引くと、ハナが水面から顔を出した。水が鼻に入ったのか、ケホケホとむせている。 「大丈夫? ハナ」 「ま、マリアぁ。ごめんなさいなの……」  我に返ったハナはむせた勢いと自分のしでかしたことに恥じて、顔を真っ赤にさせて泣いていた。 「ごめんなさい……ごめんなさいなの……」  マリアは泣きつくハナを抱きしめながらゆっくり泳いでプールサイドに向かった。 「マリアぁ……」 「泣くんじゃないよ、ハナ。それに良かったじゃん?」 「……え?」  ハナは目を真っ赤にしてマリアを見上げる。マリアはあきれたように笑った。 「昨日の星占い、当たったじゃん?」  ――明日、マリアと一緒にずぶ濡れる―― 「そ、そうだったね、えへへ」 「あはは」  マリアとハナは体育教師の転移魔法で寮に送られた。 「着替えようか」 「さぶいねぇ」 「シャワーが先か」  二人はしばらく笑っていた。魔力の消費が大きかったというのに、二人はお腹を抱えて笑い続けていた。
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