7人が本棚に入れています
本棚に追加
第76話「Sランク探索者 佐崎悠真の困難」
「……はぁ」
ガタンっと音を立てて、備え付けされているデスクの上で突っ伏する一人の少年。
合同庁舎のミーティングルーム。その一室で、彼── 佐崎悠真は、深いため息をついていた。
(これで一体、何度目のため息だろう)
そんなことを思案するも、あまりにも無駄な時間すぎてすぐにやめる。
悠真は、時間と日付を確認するように、スマートフォンの画面を映し出す。
映し出されたのは、付き合って一年目の彼女──九条由依とのツーショット写真。
そして、彼女と出会えていない時間の長さを象徴するように、確かめるべくして表示させた現在時刻と日付が薄く点灯していた。
疲れやらストレスやらでついたため息は数え切れない程。
そして、こうして日付と時間を確認するのも、それこそため息をつくのと同じくらいに確認している。
2032年5月7日(金曜日)。時刻は21時過ぎ。
この事実は、いくらスマートフォンの画面を覗き込んだところで変わらない。
その事実に、悠真は誰に語るでも無くぽろぽろと独り言を呟いた。
「学校を急に休んで、謎の露出狂女の捜索にあてがわれたのが4月23日。それからずっと休学状態で、そのままゴールデンウィークに突入。しかもまだその案件は残ったままだし、それに加えてレベル5ダンジョン周辺で起きる謎の魔力災害、関門所やギルド襲撃……」
そこで悠真の声は一度途切れ、そして再び大きく嘆息する。
……これ、いつ帰れるんだ?
あと俺、Sランク探索者である前に学生じゃないの?
勉強もしなくちゃいけないのに、何であちこちに出張させられてるんだ?
っていうか、俺はいつ彼女と会えるんだ?
ゴールデンウィーク中にする予定だった旅行は?
デートは? まさかGW中、一日も遊べないのか?
……という、自分をコキ使ってくる上層部の人間に対する強い怒りやら何やらが湧き立つが、これまでの疲労が蓄積したせいか、そんな怒りもすぐに引っ込んでしまう。
それに、自分が駆り出されてしまうのは仕方がないのだと諦観していた。
自分は、日本が誇る最強のSランク探索者である。
そう自負しているからこそ、「レベル5ダンジョンが襲撃を受けている可能性がある」この状況下において、Sランク探索者が派遣されるのは当然の事であり、責務だと認識している。
というのも、こうして各地に駆り出されているのは自分悠真だけでは無い。神崎紫音もそうだし、他のSランク探索者(※協力的な者だけ)も、レベル5ダンジョンの防衛に割り当てられている。
だから、自分一人が苦しんでいる訳では無いのだ──と、自分を慰めるように心の中で何度も慰めの言葉をかけるが、暫くしてからやめる。
自分で自分を慰める、それも「他の人も頑張ってるから」論を持ち出してまでそんな事をしているのが、途端に悲しくなってきたからだ。
悠真は立ち上がり、今日で幾許かのため息を「今日で最後だ」と言い聞かせる。ため息をつくと運気が逃げていく──そんな話もあるくらいだから、つかないに越した事はない。
それにこれは、「自分に課した試練でもあるのだ」とも言い聞かせる。もしも彼女が住むこの東京の地で、渋谷の街で、突如【九頭竜】が目覚めたら?
いくら自分が最強のSランク探索者だからと言って、一切の犠牲も出さずに救い出すことは出来るのか?
──世界で何よりも大切な彼女を、守り切ることが出来るのか?
それを自身に問いかけ、出した答えはいつも彼の背中を押してくれる。
悠真は精神を安定させ、明日の仕事に備えて早めに寝ようと、別フロアにあるシャワー室を借りるため、部屋を出ようとしたその時。
彼のスマートフォンにとある通知が届いた。
すると彼は、即座にスマートフォンの画面を開き、その通知を確認する。
そして、そこにあった名前を確認しては、表情を綻ばせた。大好きな彼女からのメッセージだったからだ。
どんなに疲れていても、どんなに嫌なことがあったとしても。由依がくれる応援メッセージがあれば、何処までだって頑張れる。
悠真がここまで、ほぼ休み無しで仕事に集中することが出来ているのは、彼女の存在があまりにも大きかった。
だから彼は浮かれていたし、何よりその通知内容をちゃんと読んでいなかった。「彼女からのメッセージが来た」という事実だけで彼の脳内は由依でいっぱいになっており、それだけで幸せホルモンが全身から分泌されていた。
──だが、そのせいで、彼は改めてメッセージの内容を読んだ直後、脳に多大なるダメージを受ける事になる。
「…………え? こ、コラボ……? しかも、クリムゾン・ブロッサム達と…………?」
改めて読み直したメッセージには、あるURLが貼り付けられている。それは、とあるDチューブのショート動画。
タイトルに【緊急告知!】とある事から、元々決められていた企画では無く緊急で組まれた企画なのだと即座に理解する。
何故なら、悠真が由依の配信予定を知らない筈が無いからだ。
彼はいついかなる時でも、彼女の配信時だけは仕事はしない。そしてその事は上層部もよく理解しているので、その際は外出を許可している。(といっても一時間のみだが)
だが、多忙な身である悠真は何時間とかかる配信の全てを見る事は出来ないので、彼女から事前に配信スケジュールを教えて貰っていた。……が。
──コラボ配信があるなんて、聞いていない。
今日、唐突に送られてきた【マジカル☆ガールズちゃん達とコラボ!?】というコラボ企画については、ゴールデンウィーク中の配信スケジュールには一切載っていない。
という事は、突発的に組まれたものであるのは間違いなく、そして中々に内気な性格の由依が自分からコラボ配信を誘うとも考え難いことから、
「……アイツら。散々引っ掻き回しといて、ついには俺の彼女にまで手を出してきたか……!」
悠真は、今にもスマホを握り潰しそうになりながら、画面に映る、いつの間にか増えている魔法少女たちを強く睨みつけていた。
最初のコメントを投稿しよう!