第一章 天使の朝食

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第3話 大人びた子供  眠り屋と名乗り尋ねてきたのはほんの小さな子供だった。 「あ、あの……。君、歳はいくつ?」 「たぶん7さいです」 「そ……っか」  有無を言わさない物言い。なぜだかそれ以上詮索する気になれなかった。ツッコミどころが多すぎて、ツッコむタイミングを失ってしまう。子供が働くなんて今は珍しくないのかも……いや、そんなことはないか。  タレントや動画投稿サイトでも、子供が金銭を稼げる場では、傍で大人が動いているものである。しかし、この子は今日、ここに一人で来ている。眠り屋として、僕にサービスを提供するために。 「おぷしょんであさごはんがつきますが、きぼうはありますか?」 「へ?」 「あすのあさ、たべたいものはありませんか?」 「あ、ええーっと……」 「おすすめはしゃけていしょくです」 「……じゃあ、それで」 「わかりました」  普段なら朝食が出ることなんてない。違和感まみれのまま夕食を摂り、そろそろ眠る時間になる。いつもなら夕食時か寝る前に暖かい飲み物を手渡されるが、今日はそれがなかった。おそらく僕が薬を飲まされるのはそこだった。そのはずなのにそれがない。  この時間に至るまでの会話や動きもすべて他の眠り屋とは違っている。彼はいつ、どうやって僕に薬を飲ますつもりなのか。いつも気にすることはないのに観察してしまう。もうしかしたらすでに、飲まされているのだろうか? 「こちらを」 「……これは?」 「”のっく”っていいます。こんやはこのこといっしょにねむってください。きっとあんしんできますよ」  手渡されたのは犬型の大きめのぬいぐるみだった。彼のリュックの大部分はこのぬいぐるみが占めていたのだろう。ぬいぐるみが取り出された瞬間、しぼむように床にへたり込んでいる。 「…………」  ぬいぐるみの体は白くて耳と鼻は薄い青色で、すごくやわらかい。手にしただけで暖かさを感じる。手触りに一瞬癒されたが、すぐに冷静になった。流石にこれを抱いて寝ることには少し抵抗がある。 「その……僕はもう30代だ。子供じゃないんだから、こんなぬいぐるみ抱いて寝られないよ」 「ぬいぐるみじゃないです。のっくです。おかおをよくみてください」  言われた通りに手もとのぬいぐるみを見る。口は幸せそうに笑い、目はとろんとしていている。脱力した前足は、一緒に寝ようと言わんばかりに僕の胸板にへばりついていた。甘えられてるみたいで、確かに愛着がわくぬいぐるみだ。のっくという名前も絶妙に合っている気がする。 「のっくはきょう、とうじまさまとねむるのをすごくたのしみにしていました。いっしょにねてくれませんか? のっくはだれかといっしょにねるのがいちばんすきなんです」 「ええ……。まあ、うーん……うん、はい。わかった」  彼の言葉は確かに子供の声なのに、逆らえない気がした。調子が狂うが、変わらない毎日の刺激になっていることは間違いない。今日は彼の全てを受け入れてみよう。そんな気分だった。 「さあよこになって。でんきをけしますよ」 「……はい」  目を閉じて、のっくを抱きしめる。ふわりとした弾力とぬくもりが伝わり、心が落ち着いた。朝感じていた苛立ちはなぜかスッキリと消え、僕は一瞬で深い眠りに落ちていた。
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