第二章 風邪

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第7話 トップの噂 「夕食の時間ですのでご準備いたします」  その合図を境に、だだっ広い部屋に使用人のような大人が頻繁に依頼人の部屋に出入りし始める。なんだか落ち着かない場所だったが、子供二人の様子を見守りながら過ごしていればもう夜になっていた。依頼人がぬいぐるみを抱きしめたまま目をつむり、俺たちは別部屋で待機するのみとなる。静かな部屋で、俺が沈黙を破った。 「今どき風邪なんて馬鹿じゃなくてもひかないぞ。家に住んでいればこんなドジ踏まなくて済んだのに」  そう。この時代、風邪をひくこと自体が珍しい。世帯ごとに配られている予防シートを使えば風邪やウイルスにかかることはまずないからだ。今の戦谷が風邪菌を持っていても、シートを使っている依頼人や俺にはうつらない。本当、家がないと不便で不健康だ。 「めんぼくないです」 「どこで覚えてんだよそんな言葉……」  下っ足らずな口調から飛び出す大人びた言い回しやトーンになんだか呆れてしまう。でもこいつに、俺は仕事の成績で負けているのだ。なんとも不思議なことである。一体何が劣っているというのか。薬を飲ます事業であるのは変わらないはずなのに。と考えているときに、芽生えた疑問を彼にぶつける。 「おい。薬いつ使った?」 「ゆうしょくのなかです」 「ダウト。俺は見てたけど、そんな隙なかったぞ」 「ひかりのはやさなのでみえなかっただけです」 「んなわけ」  そういえば噂で聞いたことがあった。成績トップの戦谷は薬を使っていない、と。その噂の理由も俺は知っている。  通常、薬はしばらく飲み続けると慣れて効かなくなる。連続での服用を一度でも絶やせば慣れがリセットされるのは誰でも知っていることだ。だから薬に慣れてしまった時は、1日我慢して服用をしないことで翌日1番効果が発揮される。しかし多くの人間はその1日の我慢ができない。それほど自力で眠る力が落ちてしまっているのだ。  だからこそ、夜中に追加の薬を必要としていた依頼人たちが皆、戦谷が対応した次の夜に通常量の服用で朝まで睡眠できているという事例をよく聞くのは奇妙なことだった。戦谷の日は薬を飲んでいないから次の日以降しばらくは薬の効きがいい。そんな噂が最近眠り屋たちの間で流れている。 「ぼくにはぼくのやりかたがあります」 「ふーん。まあでもちょっと俺より成績いいだけなのに威張るなよな」 「ぼくいちばんですよ」 「……クソガキ…」 「じょうだんです。なんだかくやしそうだったからいじわるいいました」 「はあ~~……成績二番手にはよく効くわ」 「あ、にばんさんなんですね」  その言葉に一瞬固まる。まさかコイツ、俺が成績二番で数字を競える卓にいることすら自覚してなかったということか。気にしていたのは俺だけ?と思うと気が抜ける。 「知らないのがますます腹立つ……」 「まあまあ、こどものいうことですから」 「お前が言うなよ……」  会話をしながら時計に目をやる。依頼人が眠ってから20分が経過した。ここまでの時間で起きなければまずは第一関門突破で、入眠は上手くできたようだった。一応寝息も聞いて安定しているのを確認する。 「とりあえずは眠ったみたいだ。今夜の任務は完了だな」 「…………」 「おい?」  少し目を離した隙に戦谷の反応がまた鈍くなっている。少し違和感を感じて彼の背に合わせてしゃがんだ。
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