0人が本棚に入れています
本棚に追加
旅館に着くと、直ぐに10年前を懐かしむ話で花が咲く。
そんな懐かしむ会話をしながらも、聡はさっきから三奈美の隣に立つ大きくてを振ってくれた女性が気になってならない。ついつい視線がそちらを向いてしまう。
川田はその視線に気が付いたのか、妻の三奈美に肘で合図をする。
「聡くんに紹介したい人がいるの。と言っても既に横にいるんだけど」
「えっ?」
ある程度の期待が有りつつも、照れ隠しでつい反射的に驚いた振りをしてしまう。
「初めまして。今井愛子と言います」
彼女は全く臆することもなく挨拶をして来る。
「あっ、初めまして田北聡です」
つられて聡も挨拶をするが、何の緊張もない愛子の挨拶に面食らってしまい、聡はついぶっきら棒な喋りになってしまう。
「私の友達なんだけど、いい娘だよ聡くん。と、言うことなんだけど、どお?」
と、三奈美はワザと真剣な顔を作り聡の顔を覗き見る。
実は、川田夫妻は三十路を過ぎても彼女一人出来ない聡と、28才で彼氏のいない彼女を会わせるため二人を招いたのである。要するに形式ばらないお見合いと言うことである。
ただ、これは彼女には事前承諾を得ているが、聡には敢え何も伝えてはいないのである。それは、今回川田夫妻が二人を招いた楽しみの一つでもあるからである。
川田夫妻は二人の紹介が終えると、敢えて「仕事があるので、ごめん」と言い残し、嬉しそうに旅館へと戻って行く。
その戻る最中のことである。
「お前の部屋は、一階の一番奥のあの部屋な。分かるだろう」
「有難う」
付き合いの長い、二人の会話はそれで成立する。
「ああ、そう言えば今朝、花を加えた妙に色ぽいカワウソに出会ったんだよ。珍しいだろ」
川田は面白げに聡にそう話して来る。
「そうなのか、実は俺もここに来る途中で、花を加えた妙に色っぽい大きなキツネを見かけたんだ、奇遇だな」
「マジか」
そんな驚く二人の会話を聞いていた三奈美は、冗談だと思い
「つまんな~い」
と言い、呆れた笑いを浮かべながら、早く仕事に戻れと言わんばかりに川田の背中を押し、旅館の中へと戻って行くのである。
最初のコメントを投稿しよう!