キツネ

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キツネ

 川田夫妻が仕事に戻ると、当然愛子と聡の二人だけとなってしまう。時間はまだ午後2時で夕食までにはかなりの時間がある。  ここでも積極的なのは愛子で、彼女のの提案で近くの沼まで散歩に行くこととなる。  愛子は明るい性格でどんな話題でも盛り上がり、特に製菓会社に勤める聡と食べ歩きの好きな愛子は、スイーツ店の話で大いに盛り上がった。  二人が旅館に戻ってみると、警察と川田が何か話をしている。     それを後で聞くと、なんでも2日前に20代後半のホテルの従業員男性1人が、そして昨夜別の旅館に宿泊していた男子大学生2人が出かけたまま、今日になっても帰らず捜索願いが出ているとのことであった。  相次ぐ行方不明者が10代後半から20後半までの男性ばかりで、 「お互い若いから気をつけよう」  聡がそう言うと、三十路を過ぎた二人の周りで微妙な空気が流れ出す。 「三十路の壁って高いらしいわよ」  そこに愛子が助け船で軽口で加わると、その軽いノリが二人の間の三十路の壁を一気に低くし、女性に奥手の聡にも夕食の誘いは安易なものに。  もちろん、その聡の誘いに突込みを入れる程川田夫妻も野暮ではない。  夕食のメインは、地元牛のサイコロステーキを固形燃料でその場で焼くもので、そこでも愛子は笑いを振りまいてくれる。 「私ね、くさい食べ物が好きなの」 「ギョーザとか、ニラとかを?」 「ニンニクの入ったものが大好きなの。例えばね、この肉には…」  そう言って愛子は膝の上に載せているポーチの中から小瓶を取り出すと、当たり前の様にその瓶の中の液体を焼き上がった肉にたっぷりと掛け、美味しそうに食べ始めるのである。 「あ〜美味しい」  それには聡も爆笑である。 「良かった、ウケてくれて。ちょっと心配だったんだ、笑ってくれるか」 「笑うさ、自前のタレを出されりゃ、そんな人初めてだよ」 「実は、これ私の会社の製品なの」 「そうなんだ、休みの日まで宣伝?ご苦労様です」  聡がそう言うと、 「くさいものは嫌い?」  と愛子は笑いながら聞いて来る。 「いや、結構好きだよ。特にニンニクはね」  と笑い返すと、愛子は小瓶を渡してくれる。  聡も、貰った焼肉のタレをかけると、「ありがとう」と、ウケ狙いで小瓶をポケットにしまう。  それを見て、今度は愛子が大笑い。 「良かったウケでくれて」 「ウケたところで、お土産にもう1本」  愛子のポーチからもう一本新品が出て来て聡も大笑い。  聡はそれもポッケトに入れると、”焼肉のたれ”でポケットはおもいっきり膨らんでしまう。  ここのところ、毎日が流されるままに過ごしていた聡にとって、愛子との出会いは久しぶりに楽しい一時である。
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