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密談
真夏の太陽が山間に沈み、森は闇に覆われて行く。
獣たちの活動もそれに合わせて穏やかとなり、森の音も和らぎ始める。
やがて雲間から見え隠れしていた月が南中に差し掛かると、森は翌日までの暫しの休息を迎える。
その時を待っていたかの様に、小冊子を咥えた大きなキツネがその月明かりを頼りに動き出す。妙に色香のあるキツネである。
キツネは軽快な動きで小川を遡り水源地である湧水に差し掛かると、そこでしなやかな脚を止める。
湧水のほとりで円陣を組んでいる5体の影が、そのキツネを中心へと迎い入れる。
月が再び雲間から姿を現すと、その5体の影の正体が明らかとなる。
影達の正体は、この辺りに古くから住み着いているタヌキ、テン、ヘビ、カワウソ、それと、飼いネコであったと思われる毛並みの良いネコである。
キツネが咥えていた小冊子を円陣の中心に置くと、獣達の表情は人の様に豊かとなり、その表情のみを変化させ始める。
それは、あたかも無言の密談をしているかのように見える。
その光景は暫くの間続いていたが、月が西に沈むと円陣は崩れそれぞれが四方に散って行く。
そんな奇妙な光景が翌日以降も続くのだが、円陣の中心の獣が毎日入れ変わり、その中心の獣は必ず何かしらを咥えているのである。
2日目の中心はタヌキで街角で配布される広告入りのポケットティシュ、3日目はネコで小年誌の切れ端、4日目がヘビで二つ折りの財布を、5日目のカワウソはメガネである。
そして、最後の獣であるテンが6日目にピンク色の花を6本咥えて来ると、その花を各々が咥えて四方に散って行き、その光景もそこで最後となった。
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