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有能メイドはおてんばメイドに振り回される
朝早く起きたから、ご主人様のお誕生日ケーキの仕込みをしようと厨房に向かった。ただそれだけだったのに。
「ちょっとソル! 貴女ってば、なにやってるのよ!」
「あぁイリス来てくれた! よかったよぉ~」
この国の名家であるファイ家に仕えるメイド、イリス・ヘリオスは、同じくメイドのソルことソーネチカ・トナに、朝から振り回されていた。
今日は彼女たちの主人、レジーナ・ファイの誕生日である。ファイ家の当主レガリス・ファイの妻であり、流れるようなウェーブのかかった金髪が特徴の美しい女性だ。
毎年、お二人の誕生日には担当になった使用人がケーキを作ることになっている。そして今年のレジーナの担当は、イリスとソルとなった訳なのである。
ただ作っていただけなのぉ、とべそをかくソルを横目に、目の前にそびえるケーキ、正確には、ケーキだったものを見上げた。
――これはなかなか。
べっちょりとしたスポンジから垣間見える果物のスライス……のようなものと、山盛りに盛られた生クリームが、それがケーキであったことを証明している。
一見しただけでは、もともとが何だったのか、そもそもそれが食品なのかさえを理解できるのか危うい。
ソルが料理下手なのはファイ家の全員が周知の事実だが、まさかここまでとは。
「作ろうとしてたって、どうやったらこうなるのよっ!」
「思いっきり、力一杯えいってクリームをのせたのぉ~」
クリームをのせるのに、力一杯なんて必要ないよ!!
そんな心の叫びにそっと蓋をし、ソルのセミロングの黒髪を優しくなでる。
「そっかそっか。まだ朝早いし、お誕生日会の夜までまだ時間がある。もう一回チャレンジしよう!」
「イリスゥ……」
大きな菜の花色の瞳に涙を溜め、ソルはこくりと頷いた。
しかしこの時のイリスは、ソルの料理下手を甘く見ていたのだった。
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