旅人の彼

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旅人の彼

「僕はとうの昔に家を出たんだ。」  そう話す彼は旅人だった。  僕が五歳の頃だった。僕には彼の姿がかっこよく見えたのだ。腰に短刀をこしらえて、その人の背負うリュックには目新しい物から、晩になって宿がないときのために用意してあるテントと寝袋も入っていた。他にも色んな物が入っていたが私には、この世界を旅してその現地の宿を借りる。毎度毎度景色が変わり、部屋が変わり、人が変わり、思い出が増えてゆく。その思い出までもがこのリュックに入っていると考えると私は五歳の頃、旅をしたくてしたくてたまらなかったことを覚えているのだ。  その時、彼は二泊をこの僕の住む町で宿を借りる、そのことを彼から教えてもらって彼が来た日から彼がこの町を出ていくまで三日間、僕は案内人として付いて行った。  僕が彼に教えたのは、一日目が町の商店街とその道をずっと進んだ町の神社。彼は話すのが上手かった。当然、街の人達も旅人を毛嫌いするものはいなかった。商店のおじちゃんもおばちゃんも皆旅人に野菜や肉や惣菜や何やらをあげていた。神社でも宮司の人が旅人を神殿へあげて、彼は旅の安全祈願をしてもらっていた。  二日目は、町を下へ降った所にある港と引き潮になった時にだけ現れる洞窟なんかにも案内した。港は他の町との交易で船の往来が激しく良く賑わう場所なのだ。ここで競られたもの、ここで売られているものは昨日の商店街のところに並ぶことになるのだ。ここの漁師さんとも仲良くなったようで昼過ぎに沖へ罠を回収に行く際、彼も乗せてもらって魚ももらっていた。洞窟では彼が何か気持ち悪い岩のようなものを取って僕に見せてくれた。それはカメノテだと教わった、味噌汁にすると美味しいと教えてくれたのだ。僕は彼について行って、彼は毎回多くの何かを貰うので僕にも分けてやろうと、お菓子をくれたり、魚をくれたり、彼が今まで教わってきた料理なんかを作ってくれて、毎回僕に分けてくれた。その料理は毎回風変わりしていて、この町では見られないものばかりだった。  時間が経つにつれ、ずっと一緒にいるものだから距離が縮むのも早かった。それで、彼とはあだ名も付け合った。僕の名前は(がく)というので、彼からがっくんと呼ばれるようになり、彼の名前は希途(きと)といったので、きとにぃと呼ぶようになった。  そうして別れの三日目がやってくるのだ。その日は今まで会った人たちへの別れをするために町中を回った。きとにぃは疲れているだろうに、毎度毎度律儀にお礼をする、その姿も僕にはかっこよく見えたのだ。この人柄の良さが町の人たちを惹きつけるのだと良くわかったのだ。僕は最後に彼に抱きついてわんわん泣いた。ずっと泣いていたので見かねた僕の母が彼から僕を引き離した。そうすると、きとにぃが背負っているリュックの中からとある物を出してきて、隠したまま僕の方へ駆け寄ってこう言ったのだ。 「がっくん、お兄さんと交換をしよう。がっくんの何でも良いから一つ物をくれないかな、そうしたらお兄さんから遠い町で買った珍しい宝石のネックレスをあげるよ」  きとにぃが手を広げて見せてくれたのは青く透明な宝石のネックレスだった。急いで僕は自室に戻ってきとにぃに渡すものを探して持って行った。僕からはあの洞窟で見つけた水晶の一部を手渡した。僕はきとにぃからそのネックレスを貰ってその日から肌身放さず持っている、今の今までずっと。きとにぃはその後すぐ違う町へと歩いていった。その背中を僕はこの青く透明な宝石を見るたびに思い出すのだ。  今日の、僕が十八になるまでの十三年間、ずっとだった。  今日で僕はこの町を出ていくのだ。
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