1. 見せてやろう、本当の強さとやらを

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1. 見せてやろう、本当の強さとやらを

 灼熱(しゃくねつ)のエネルギーが爆発し、麦畑を覆い尽くす核爆弾(かくばくだん)級の閃光(せんこう)。一瞬で周囲数キロが粉々に吹き飛び、この世の終わりを思わせる光景が広がっていった――――。  巨大な火炎キノコ雲が立ち上り、その光景に俺の心は凍りつく。 「ドロシー……?」  かすれた声で愛する人の名を呼ぶ。勇者の無慈悲な行為に、怒りと絶望が胸の中で渦巻いた。  瓦礫(がれき)の山に飛び込み、必死に掘り進める俺の頬を熱い涙が伝う。 「ドロシー! ドロシー!」  瓦礫をどかすと、見慣れた白い手が現れた。 「ドロシー!?」  慌ててつかんだ手だったが――――。  スポッと抜けてしまった……。  腕しかない。 「あぁぁぁぁ……」  崩れ落ちる俺。なぜ彼女がこんな目に遭わなければならなかったのか。心の奥底から怒りと悲しみが込み上げてくる。 「勇者……絶対に許さない」  ドロシーの腕を胸に抱きしめ、涙を流しながら、俺は復讐を誓う。その瞬間、これまでの温かった自分が崩れ去り、新たな決意に満ちた自分へと生まれ変わったのだ――――。       ◇  準備(じゅんび)を重ねること数カ月、ついにその時がやってきた。  俺の胸の中で、怒りと悲しみが渦巻く。悪は成敗されねばならない! 『さぁ皆さんお待ちかね! 我らが勇者様の登場です!』  司会の声に合わせ、観客席から(とどろ)くような歓声が上がる。 「ウワ――――ッ! ピューィィ――――!」  超満員(ちょうまんいん)闘技場(とうぎじょう)に勇者が姿を現し、場内の熱気は一気に最高潮に達した。今日は武闘会の最終日。いよいよ決勝戦の幕が開く。  金髪を(きら)めかせ、豪奢(ごうしゃ)(よろい)に身を包んだ勇者が登場する。その姿は、まるで神々しさすら感じさせる。ほれぼれする様な理想の【勇者】だった。  勇者は観客に向かって(きら)びやかな聖剣を高々と掲げ、歓声に応えた。  その笑顔の裏に隠された残虐性(ざんぎゃくせい)を、この場で暴いてやる。俺はギリッと奥歯を鳴らした。  続いて、俺の入場――――。 「対するは~! えーと、武器の店『星多き空』店主、ユータ……かな?」  呼び声に応え、俺は淡々と舞台に進み出た。地味で冴えない中世ヨーロッパ風の服を着こみ、ハンチング帽をかぶった、ひょろっとしたただの商人。ポケットに手を突っ込んで、武器も持っていない。まるで会場の作業員と見紛うばかりの(たたず)まいだ。  観客席がざわめく。なぜ丸腰の商人が勇者と戦うのか、何かの間違いではないのかと誰もが首を(かし)げている。その困惑(こんわく)の表情に俺もついクスッと笑ってしまった。 「なぜ……? お前がここにいる……」  勇者はムッとした表情で、俺を見下しながら言う。その目には軽蔑の色が(にじ)む。 「お前に殺された者、襲われた者を代表し、お前に泣いて謝らせるために来た」  俺は勇者をにらみながら淡々と返した。その声には、これまでの苦しみと怒りが凝縮(ぎょうしゅく)されている。 「貴族は平民を犯そうが殺そうが合法だ。俺に殺される? 名誉な事じゃないか!」  勇者は悪びれず、いやらしい笑みを浮かべる。 「このクズが……」  激しい怒りが俺を貫く。ドロシーの笑顔が脳裏に浮かび、さらに闘志が燃え上がる。 「お前、武器はどうした?」  何も持っていない俺を見て、(いぶか)しげに勇者は聞いてくる。その目には、一瞬の戸惑(とまど)いが垣間見(かいまみ)える。 「お前ごときに武器など要らん」  バカにされたと思った勇者は、聖剣をビュッと振って俺を指し、叫んだ。 「たかが商人の分際で、勇者の俺様に勝てるとでも思ってんのか!」  その声には格下のものに軽んじられた怒りが混じっている。  俺はニヤッと笑い、静かに言葉を紡ぐ。 「勝つよ。勝ったら土下座して俺たちに二度と関わるな…… リリアン姫との結婚もあきらめろよ?」  勇者を指さす俺の指先に、これまでの怒りと悲しみのすべてが込められていた。  勇者はあきれた表情で肩をすくめる。 「いいだろう…… だが、生意気言った奴は全員殺す…… これが俺様のルールだ。くふふふ……」  いやらしく(わら)う勇者。 「約束だからな。こちらも殺しちゃったら…… ごめんね」  俺は勇者にニッコリと笑いかける。 「貴様……」  闘技場の中心で火花を飛ばし合う両者――――。  闘技場に緊張が(ただよ)う中、俺と勇者の決戦の幕が今、切って落とされようとしていた。        ◇ 「はい、両者位置について~!」  レフェリーの声が闘技場に響き渡る。その瞬間、ざわめいていた観客席が水を打ったように静かになる。空気が一瞬凍りついたかのように感じられた。  勇者は指定位置まで下がり、聖剣を目の前に立てると、フンッと気合を込めた。その姿は、まるで古代の彫像(ちょうぞう)のように凛々(りり)しい。  すると、刀身に青く光る幻獣(げんじゅう)の模様が浮かび上がり、金の装飾が施されたミスリル製の(よろい)も青く輝き始めた。その光景は、まるで天上界の戦士が降臨したかのようだ。 「ウォ――――!」  超満員(ちょうまんいん)のスタンドから地響(じひび)きのような歓声が上がる。『人族最強』の男が最高の装備をスタンバイしたのだ。観客たちは、あのふざけた商人の首が飛ぶところが見られるだろうと、野蛮な期待に胸を躍らせている。その興奮は、まるで(うず)のように会場全体に広がっていく。  一方、俺は青白く浮かび上がる『鑑定(かんてい)スキル』のウィンドウを静かに見つめていた。勇者のステータスが眼前(がんぜん)で上昇していく様子が、まるで生き物のように感じられる。もともと二百レベル相当だった勇者の攻撃力は、各種強化武具で今や三百レベル相当を超えている。なるほど、これは確かに人族最強レベルである。しかし、所詮その程度なのだ。 「勇者様~!」「いいぞー!」「カッコい――――!」「抱いて――――!」  観客から熱狂的なかけ声が上がる。  俺は観客席を緩やかに見回し、観客の盛り上がりに申し訳なさを覚えた。彼らは真実を知らない。この勇者こそが、多くの罪なき人々の人生を破壊してきた張本人(ちょうほんにん)であり、ここで裁かれるのだ。  観客の期待を裏切るようで悪いが、二度と悪さができないように叩きのめしてやる。それが、犠牲になった全ての人々へのレクイエムだ。  準備が整ったのを見て、レフェリーが叫ぶ。 「レディ――――ッ! ファイッ!」  勇者は俺を(にら)みつけ、大きく息を吸うと、 「ゴミが! 死にさらせ――――!」  と、(けもの)のように吠えながら、凄まじい速度で迫ってきた。目にも止まらぬ速さで俺めがけて聖剣を振り下ろす。その刃は、まるで稲妻(いなずま)のように空気を切り裂く。聖剣の速度は音速を超え、ドン! という衝撃波の爆音が鼓膜(こまく)を揺らす。  人族最高レベルの攻撃、確かに見事だ。しかし――――。 「ガッ!」  俺は顔色一つ変えず、聖剣の刃を左手で無造作につかんだ。その瞬間、会場全体が息を呑む。 「えっ!? あ、あれ!?」  勇者は狼狽(ろうばい)し、その顔に驚愕(きょうがく)の色が広がる。  あわてて聖剣を(かま)えなおそうとするが……俺につかまれた聖剣はビクともしない。その様子は、まるで蟻が象を動かそうとしているかのようだ。 「ちょ、ちょっとお前……、何すんだよ!」  勇者は冷や汗を垂らしながら、俺に文句を言う。その声には、これまで聞いたことのない焦りが混じっている。 「武器なんかに頼っちゃダメだな」  俺は勇者の手から聖剣を(うば)い取った。その瞬間、勇者の顔から血の気が引いていく。 「うわっ! 返せよ!」  聖剣を取り上げられて(あわ)てふためく勇者。その姿は、まるで玩具(おもちゃ)を取り上げられた子供のようだ。 「約束は守れよ」  俺はそう言うと、刃をつかんだまま、素早く聖剣の(つば)で勇者の頭を(なぐ)りつけ、吹き飛ばした。その一撃には、これまでの怒りと悲しみのすべてが込められている。 「ぐぉっ」  勇者は(うめ)き声を上げ、間抜けな顔をさらして転がる。その姿には、威厳(いげん)ある勇者の面影もない。  どよめく観衆。その喧騒(けんそう)の中に、驚きと戸惑(とまど)いが入り混じっている。  俺は聖剣を投げ捨て、勇者を(にら)みつける。その目には、これまでの苦しみと、これからの正義への決意が燃えている。 「いたたた……」  (なぐ)られた頭を手で押さえながら、ゆっくりと体を起こす勇者。その姿は、もはや(あわ)れともいえる。 「き、貴様! 怪しい技を使いやがって!」  そう叫ぶと、勇者は口から流れる血を指先で(ぬぐ)いながら、よろよろと立ち上がる。 「へぇ……立てるんだ。さすが勇者様」  俺の一撃を食らっても立ち上がれることにちょっと感心して、軽く口笛を吹いた。 「許さん! 許さんぞぉ! ぬぉぉぉぉ!」  勇者はわめきながら、全身に気合をこめ始めた。身体は徐々に黄金色に輝き始める。 「ぐぉぉぉぉ!」  勇者の叫び声は闘技場に響き渡り、金色に光り輝く姿は神々しくすら見えた。しかし、その輝きの中に(ひそ)狂気(きょうき)を、俺は見逃さない。  そして、ドヤ顔で俺を見下した。その表情には、最後の傲慢(ごうまん)さが見て取れる。 「見せてやろう、勇者の……選ばれた者の力を!」  勇者は両腕をクロスさせると指先をまぶしく光らせた。その姿は、まるで古代の魔法使いのようだ。 「え? 見せて」  俺はワクワクし、ニヤッと笑った。初めて見る勇者の奥義……どんな技だろうか? つい俺の好奇心がムクムクと湧き上がってしまう。
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