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「斬らないで! 古い知り合いよ……」
帝国軍参謀小将・片桐凍子(かたぎり とうこ)は腕を水平にかかげ、殺気立つ配下の動きをとめた。
白い陣幕の中で空気が揺れる。
信じられない、といった顔つきで参謀たちは侵入者に戸惑っている。
「どうやって、この本陣にまで潜入したの?」
そう問いかけられても、民衆軍司令官・淡路時頼(あわじ ときより)は冷静にかまえていた。
「潜入もなにも、普通に歩いて来たさ。何だよオマエ、この陣の警護の甘さは?」
あまりに豪胆な発言に、参謀たちはさらに言葉を失った。
時頼は、鎧も帷子かたびらも身につけず、護身のための刀すら帯びていない。旅の商人のような身なりだ。
壮麗なしろがねの帷子に身を包み、二本の刀を差している凍子とは対照的である。
時頼は<椅子はないのかよ?>と身振りで参謀にうったえ、出される木の箱に、よいしょっと腰をおろす。
「凍子、そう怖い顔をすんなよ、美人が台無しだぜ。ほら、陣中見舞いだ。お前の好きな『焼き握り』を持ってきたぞ」
指示台の上に彼がおいた竹皮の包みには、5~6個の『焼き握り』こと焼いた握り飯が入っていて、醤油が焦げた香ばしい匂いを放っていた。
参謀たちが、凍子に首を振っている。
「毒なんか入ってねえよ、そんなせこい真似をするわけないだろ」
時頼は、包み紙の中の焼き握りをひとつ、みずから無造作に頬張ると、片目を閉じてみせた。
凍子の口元が無意識にほころんでいた。それは、子供のころから変わらぬ、彼の所作だったからだ。
「しかし、一体どういうつもりだよ、俺の陣を二万の軍勢で囲うとは? こちらは、たかだか二百の兵だぜ? 二百だぜ!」
おどけるように両手を広げる時頼の態度に本陣の参謀たちは毒を抜かれたかのように動けない、それほどまでに今の時頼からは何かを超越したものを感じる。
彼のもつ、独特の安心感すらおぼえる雰囲気。
凍子は、この雰囲気につつまれて過ごした時期があった。
そう、互いに心を通わせて過ごした時期があったのだ。
時頼の傍らに、凍子は厳しい顔つきを崩さず、ゆっくりと歩み寄る。
「時頼、降伏してっ! 私が、必ず皇帝陛下に取り次ぐ。きっと命までは取られないから」
凍子は、指示台を拳で叩くと、時頼をつよく睨みつけた。しかし、彼はのんきに陣幕の布や柱を眺めている。
「だから、そう怖い顔をするなと言っているだろう。早く食え、冷めるぞ」
時頼は焼き握りの包みを、凍子のほうへ押した。
「食べない……食べたくない」
凍子は押し黙るようにうつむいた。
時頼が幾度となく見た、凍子の子供のころからの仕草だった。
参謀たちがいるなかでも、お構いなしに時頼は話をつづけた。
「なつかしいだろ? 焼き握り、あの庭でのことを思い出すぜ」
「……」
「明日にもお前は、帝国軍では女性初の中将軍か」
(俺を見事に打ち取ればな……)
そう言いかけて彼の言葉は止まった。
下を向いたままの凍子は目をつぶり、首を左右に激しく振る。
「もういいっ、もういいから! 頼む時頼、降伏してくれ! 降伏して……お願いだから」
懇願するような彼女の声が絞り出された時、一匹のテントウムシが静かに焼き握りの包みに止まった。
時頼も凍子も、一瞬だけ昔に戻ったような気がした。
強い日差し、緑の木の葉のなかを、同じ師匠に軍学を学び、ともにあの庭を駆けまわって遊んだ遠い昔に。
凍子は胸がおかしな感じになり、上手く息を吸えなくなった。
無理に息を吸い、つよく吐き出した時、堰を切るように目から涙が溢れ出た。
流れ続けるものを拭かずに、指示台の包みに乱暴に手を伸ばす。
焼き握りを手に取り、一気に口の中に入れた。
「かっ、辛いっ、ああああっ、うわああ! 時頼、あんたって人はっ!」
凍子が顔を赤くしてうずくまると、参謀たちが慌てて駆け寄る。
「あははははっ! 引っかかったな。これでまずは俺の一勝だな、明日は全軍を上げてかかって来い。凍子……先にあの世で待ってるぜ」
笑い声だけを残し、いつの間にか淡路時頼は姿を消していた。
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はじめまして、 です。
2023年より長年の夢であった、小説の執筆に取り組み始めました1970年代生まれの男性です。
エブリスタ1回目の投稿として、気軽に読める短編を投稿してみました。
おおむね私の作風はこのような感じです。少々今回はユーモアを表に出しておりますが、深みのある二度読み、三度読みに耐えられる作品づくりを心がけております。
今回の短編小説が、あなたの心に触れることが出来たら、コメントなど何らかのカタチで応援していただければ嬉しいです。
では、またお会いできるのを楽しみにしております
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