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気が付けば来夢は祖父母の家の布団の中にいた。ゆっくりと目を開けると、手を握る両親の顔がある。
今にも泣きそうな2人の顔を交互に見ていると、母親は泣き出し、父親の方は弾かれるように立ち上がって誰かを呼びに出ていった。
どうやら、来夢は裏山の麓で倒れていたらしい。それから2、3日ほど高熱を出して生死の境をさ迷ったという。
「お兄ちゃん、よかった……よがっだ……!」
お腹の上にはぺしょぺしょと泣きじゃくる妹が乗っている。冷えピタを貼った妹の顔は真っ赤で、熱があるだろうに頑なに自分の布団に戻ろうとしない。
「満月の日にお山に入るなんて馬鹿なことを。夕方だからまだよかった。夜なら死んでいたぞ」
父親に連れられてやってきた祖父に額をこづかれる。
(そんなに危なかったのか……)
ふと、脳裏にあの異形の男の姿が甦る。ぞっと背筋がこわばった。
「ねえ、じいちゃん。あれ、なんだったの?」
来夢の問いに、祖父は気まずそうに顎を掻いた。白い髭の残る骨ばった顎がじょりじょりと鳴る。
「あの山には、昔、銀が採れるなんていう噂があってな。本当はそんなものはない。根も葉もない噂話さ。だが、噂は人を呼んで、山には人が集まった。無遠慮な外の人間に山は荒らされるばかりだったよ」
祖父が語りだしたのは、来夢が生まれるより前の話だ。祖父がまだ年若い青年であった頃の話。来夢は困惑しながらもつい聞き入った。
「ある雨の日、大きな事故が起きた。地盤が緩んでいたんだろう。土砂に巻き込まれて山にいた大勢の人間が犠牲になった。……山頂の社はな、この事故で亡くなった人たちの霊を慰めるために建てたものだ」
「知らなかった……」
「昔の話だからな。子どもに聞かせる話でもなし。……事故が起きたのは満月の日の夜だった。だから、満月の日はお山に入っちゃいかん。良くないことが起きる」
神妙な顔で額を撫でてくる祖父に「わかった」と頷けば、彼は安心したように銀歯を見せて笑った。
まだ熱があったため、そのまま休んでいるように言われた来夢は、天井をぼんやりと見上げた。ふわふわと熱に浮かされながら、山で出会った男の姿を思い返す。
(土砂崩れに巻き込まれた人が、あんなになるかな……。あの人、あんな格好で何をしてたんだろ……)
ふわりと窓から吹き込む風が頬を撫でた。ごろんと寝転がると、開け放たれた窓の奥の縁側に祖母が座っているのが見えた。
「なー、ばあちゃん」
来夢は布団を蹴飛ばしながら祖母を呼んだ。祖母は振り返って「あらあら、布団はちゃんと被りなさい」と柔和に笑った。
「普通、銀を探しに来るなら動きやすい格好で来るよな?」
「そうだねぇ。あの時来てた連中も、みぃんな作業着だったなあ」
「俺が見たひと、スーツの男の人だったよ」
その瞬間、「は」と祖母が息を詰めるのが聞こえて思わず息を止めた。小さな目が零れそうな程大きく見開かれて、布団に包まれた来夢をのぞき込んでいる。
「それ、誰にも言うとらんね?」
冷たい声が降って来て、来夢はこくこくと素早く頷いた。鬼気迫る祖母の様相は、山で会った男を彷彿とさせて恐ろしかった。
「内緒にしとっておくれな。誰にも、何にも、聞かんでな」
そう言って手を握ってきた祖母に来夢は頷く他無かった。
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