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写楽さん家の夢子さんといえば、お転婆娘として有名だった。
十歳になったばかりのこの少女は、じっとしている事が苦手で、裏山を駆け回ったり、村の人にくだらない悪戯をしかけるのが大好きだった。
「総ちゃん、来たよお」
近頃のお気に入りは、村の外れに住む総司という男だ。
彼は最近東京から村に越してきた若い男で、研究のためにやってきたと言っていた。さらさらの黒い髪の毛を短く整えた色白の青年だ。村では珍しい洋服を着ていて、口さがない大人は「気取ってる」だの「田舎をばかにしている」なんてひどい事を言ったが、夢子は物識りな彼が大好きだった。
「夢子さん、また稽古を抜け出してきたの?」
「ちゃんと言ったわ。大岩さん家の牛が産気付いたから手伝ってくるって」
「またそんな嘘をついて」
呆れたようなため息が返ってくる。大岩さんの家が飼っているのは牛ではなく馬だ。夢子は、すぐばれるような、くだらない嘘を吐く癖があった。
「嘘つきはためになりませんよ」
総司の苦言もどこ吹く風だ。
今まで幾度となく虚言癖について注意されていたが、家の人間は末娘の夢子に甘い。それに彼女の嘘はまったく巧妙でなく、悪意もなく、くだらないものばかりであったので、誰も本気で叱らなかった。なので、夢子は己の虚言について、まったく懲りる様子がない。
「そんな事より、今日も面白いお話して」
「……まったく、もう」
ため息をつきながらも、総司はどこか嬉しげだった。
余所者の自分は村の人間から遠巻きにされている。懐いてくる無垢な幼子の存在は、彼にとっても嬉しいものだったのだろう。
総司は夢子に請われるまま、色んな話をした。それは東京に新しくできたカフェーの話であったり、最近出来た赤い電波塔の話であったり、自分の研究する地質学に関するものであったりした。どんな話も夢子は楽しそうに聞いて、聞き終わるとあれこれ質問してくる。年の差もあり、まるで生徒と先生のようだ。
2人はこの時間をとても大事にしていた。
ある春の終わりの事だ。
村にまた若い男が住み着いた。住み着いた、という表現は間違いではない。冬に家主が亡くなった空き家にいつの間にか住んでいたのだ。言葉も荒く、態度も横柄で、いつすれ違っても酒の匂いがした。
佐竹と名乗るその男は、どうやら別の場所で怖い仕事をしていたらしい。左手の指がいくつかなかった。
「なあ、お嬢ちゃん」
だから声をかけられて、夢子は飛び上がりそうになるくらい驚いたのだ。総司の家から帰る途中だった。門限を過ぎた言い訳を考えていたから、近づいて来たことに気がつかなかったのだ。
「あの、いけすかねぇ若造は、この村で何をしてるんだ?」
顎で示したのは総司の家だ。佐竹は同じ余所者でありながら、村の人間に受け入れられている総司を快く思っていなかった。総司とて村の人間に歓迎されているわけではないのだが、嫌われ者の佐竹にはそう思えなかったらしい。
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