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「総ちゃんはお山を調べているのよ。地下深くに銀が眠っているかも、なんて」  ここで夢子の悪い癖が出た。  総司の研究はたしかに地質に関することだったが、あの小さな裏山から貴金属の類が採れないことは誰でも知っている。村の人間にとっては、わかりやすいお粗末な嘘だ。 「……へえ」  だが、佐竹にはそうではなかった。  それから暫くして、村にはならず者が出入りするようになった。村の山から銀が採れるという噂を聞いて、人が集まってきたのだ。  他所からやってきては、山を荒らして回る男たちに、村の人間は辟易していた。  ある夏の日にその事件は起きた。突然の大雨と、地盤が緩んだことによる地滑り。その時山に入っていた人間の殆んどが土砂に埋もれて死んだ。  報せを聞いた夢子は震え上がった。自分の吐いた些細な嘘が、大勢の人を殺してしまったのだと思った。  どうしようか、父に、母に、相談してみようか。ああしかし、もう大勢が死んだ後である。今さら何を言ったって、彼らが助かるわけでもない。夢子は悶々と考え込むばかりで、何も告げることができなかった。  そんな事をしているうちに、もう1つ死体があがった。――総司の死体である。  裏山の入口に吊るされた彼は、いつもの黒い背広を着ていた。惨いことに瞼と口が太い麻紐で縫い留められており、『法螺吹き』と貼り紙がされていた。  それは、土砂で流された者たちの遺族、もしくは生き残りによる私刑だった。恥をかかされたと思った佐竹が、総司のことを槍玉にあげたのだ。  夢子はそこでやっと両親に自分の吐いた嘘を告白することができたが、家族はそのことを口外することを禁じた。発端は子どもの嘘だが、人死にが出るほどの大事になってしまった。今更真実など告げても何も救われない。写楽家の肩身が狭くなるだけである。  それから夢子は人が変わったように大人しくなった。必要以上に口を開かず、外にも出ず、薄い笑みを浮かべてひっそりと暮らした。それはお見合い相手と結婚し、子どもを生んで一人立ちさせ、孫を抱いても変わらなかった。  彼女が取り乱すのは、お山で死体があがった時だけだ。  あの事件以来、満月の日にお山に入ると幽霊を見るという噂が立つようになった。その幽霊を見ると、瞼と口を縫われて木に吊るされる、そういう噂だ。  実際、何人かの男がそのような死に方をした。どれもが他所から来た男で、その中には佐竹の姿もあった。彼らは土砂崩れが起きた後も、何かと理由をつけて山に出入りしていた。  だから、写楽家の裏山は満月の日に入ってはいけない。その理由を知るのは年寄りだけだが、彼らの鬼気迫る態度から皆が律儀にその決まりを守っていた。
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