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ど、どうして、西宮くんが……?!?!
インターフォンのモニターに映る人物を目にして震え上がった。
エレベーターで一緒になる時はあるから同じマンションの住人と言うのは知ってたけど、目が合わせられず挨拶もロクにした事ないのに……。
同じクラスでありながら、俺が一方的に見ているだけで、彼からは気にも留めない存在のはずだ。
住所が同じだから先生が欠席者の課題かプリントを頼んだんだな……。
このご時世だからただの風邪でも対面は避けてポストインで良いはずなのに、声で様子を知ろうとしてるのかな?
律儀で優しい!さすが西宮くんだ。
「は、はい!お、俺、桐谷 潤です!わざわざありがとうございました!!」
なるべく元気そうな声を出して返事をした。
「……預かったプリントと授業のノートあるんだけど、開けてもらえないの?」
開かないドアに西宮くんが言う。え、ポスト入れてなかったんだ!!
微熱とは言え、熱があったんだけど、会って大丈夫だろうか……検査してただの風邪って事ではあったけど、でも、ただの風邪でも移してしまったら申し訳ない。
俺は考えたけど、折角持って来てくれたのだし、サッと受け取るだけなら大丈夫だろうと、ドアを開ける事を決めた。
「大丈夫?」
ドアを開けると、長身の体を折り曲げ、俺に顔を近付けながら聞いてくる。
首を傾げると長めの前髪がサラリと横に流れ、睫毛に縁取られた切長の瞳がハッキリ見え、ドキリとする。
課題とノートを受け取ろうと手を出すと、何故か西宮の手が重ねられた。
「?!?!」
な、何で、西宮の手が俺の上に乗ってるんだ?!
「手が少し熱いな。まだ熱があるのかもしれないね。中入ってもいい?」
あ、熱を確かめる為に……。
手だけじゃなく、顔も熱くなって来た気がする。
ドア越しに貰うもの貰って帰ってもらう予定だったけど、聞かれたら断りにくい。
「いいけど、風邪が移ったら申し訳ないよ」
「大丈夫。俺、頑丈だから。お邪魔しまーす!」
玄関に入ると、良く通る声で奥に挨拶をする。
「あ、今日まだ誰も居ないから大丈夫だよ。えっと、こっちのリビングにどうぞ」
自分にお客様が来る事がほとんど無いから、どこに通したら良いのか迷ってしまう。
「そうなんだ。俺、客じゃなく友達だから、桐谷の部屋でいいよ。まだ熱ありそうだし、寝てた方が良いと思う」
と、友達?!そう思ってくれてたんだ!!う、嬉しい……!!
西宮くんの記憶にも残ってないと思っていたのに、いきなり友達だなんて今日は記念日だ!!
「あ、じゃあ、俺の部屋に……」
嬉し過ぎて同じ手と足を出して歩くほど挙動不審にギクシャク歩きながら西谷くんを自分の部屋に案内する。
「こ、こちらにどうぞ!」
座布団は無いからクッションを置いて促す。
西宮くんは珍しそうに部屋を少し見た後に俺が促した場所に腰を下ろした。
狭い部屋では無いはずなのに、西宮くんが座ると存在感が凄い!
制服の上着を脱いでカバンと一緒に横に置いていた。
細身と思っていたけど、シャツ一枚になった西宮くんは肩幅がしっかりあり、肩から流れるラインに沿って太い腕が透けて見え、自分とは違う男らしい体格に魅せられてしまった。
いかん、いかん。いつもはコッソリ見てるから気付かれないけど、今は目の前なんだから、こんな視線で見てるの気付かれたら気持ち悪がられてしまう。
折角友達と言ってくれてるのに、台無しだぞ!!
「寝ていいよ。これが先生からのプリントで、これが今日の分のノート」
カバンからプリントとノートを出して渡してくれる。
「ありがとう」
西宮くんを前に寝れる訳が無いので、ベッドに座って受け取る。
「え、このノート、西宮くんの?!」
無理無理無理!!こんなの借りれないよ!恐れ多い!!汚してしまったらどうするんだ!!
てっきり、クラスで仲の良い青山の当てに出来ないノートだと思ってた。
「読みにくい所もあると思うけど、俺なりにまとめてるつもりだから。テスト範囲になりそうな所もメモしてるから見ておいて」
神かな!俺の為にそんな手間な事までやってくれたって事?!
恐れ多いけど、これはありがたく受け取らないと罰が当たる!
「ありがとう!なるべく早く返すね!大事に使わせてもらいます」
「ハハッ!そんな大層な物じゃないよ。ちょっと説明するな」
言って、俺の隣に移って座る。
西宮くんの体重がベッドに乗り、俺の体が少し傾き、西宮くんの肩に俺の頭が乗ってしまった。
「!!」
慌てて、少し離れるが、西宮くんはスッと更に距離を詰めて座った。
えっと……、腕同士がピッタリ当たってるんですけど……?
一度位置を変えた手前、またズレるのはあからさまなのでもう出来ない。
「この預かったプリントは球技大会のお知らせで、球技はソフトボールとバスケとバレー。木曜日に決めるからそれまでにどの球技を希望するか決めといてくれってさ。お弁当がいるからこれは保護者にも渡してくれって事だったよ」
プリントを見ながら説明してくれる。低音のよく通る声に近過ぎる西宮くんの整った顔、ピッタリくっついた腕の熱が気になって気になって、全く頭に入って来ない!!
「聞いてる?」
今でも近いのに鼻と鼻がくっつく距離で俺の顔を覗きこんで来る。
「き、聞いてるよ!」
西宮くんのイケボは聞いてる!嘘じゃない!!内容は全く入ってないけど!!
よく女子が耳が妊娠する!とか言ってたけど、分かる!!聞いてるだけでなんかゾクゾクする。
「……桐谷って、俺の事、好きなの?」
え?!なんで、どうしてバレたんだ?!挨拶も話もしてなくて、コッソリ見てただけなのに。
コッソリ見てるのがバレてたのだろうか。
これは謝るべき?!否定はしたくないけど……。
好きと言うか、憧れと言うか……自分の気持ちもよく分かってないのに、何て言ったら良いんだろう?
「え、えっと……。あの……」
答えに詰まっていると
「顔真っ赤。熱じゃないよね?桐谷が俺の事コッソリ見てくれてるの知ってたんだ。話しかけようと思ったけど目を逸らすから、気付いてないフリしてた。
……桐谷が俺の事見てる分、俺もコッソリ見てたよ」
顔が赤いと言われ、両手を頬に当てると熱くて自分でもビックリした。
気付かれてないと思ってたのに気付かれてて、それを知らないふりしてくれてたんだ。恥ずかしい……。
俺が見てる分、西宮くんも俺の事見てたってどういう事?俺もコッソリ見られてたって事?!
怪しいから監視されてた?!?!
「ご、ごめん!!ストーカーじゃないんだ!!西宮くんは俺の憧れ的存在と言うかで、ただコッソリ見れるだけで良かったんだ!怪しかったよね!ごめん!!
迷惑は掛けないから、これからもコッソリ見る分は許してほしい!!」
「憧れなの?それは残念だな」
残念?何で残念??憧れもダメ??
「じゃあ、見ても良いけど、堂々と見て?俺も見るから目を合わせようよ。出来たらこうして学校でも話をしたいな。そうして距離が近くなったら気持ちが変わるかもしれないだろ?
俺はね、桐谷の視線が気になっちゃって、勝手に自惚れちゃってヤバい奴だなって思うけど、これ本当にしたいんだよね」
学校で目を合わせて話をする?!?!え、無理!そんなのしたら周りの女子に殺される!!
俺は言葉に出来ずブンブン!と首を横に振った。
「ダメなの?悲しいなぁ……。今日ここに来たら桐谷と仲良くなれると思ったんだけど、ダメなの?」
間近でシュンと耳と尻尾を垂らした犬の様に眉毛をハの字にさせてウルウルと俺を見つめる。
うぅっ!こんな西谷くん可愛過ぎないか?!こんな表情、俺だけしか見てないはず!!写真撮りたい!!
ちょっとズレた事を考えながら、こんな顔をさせた自分に罪悪感を覚える。
「わ、分かったよ!コッソリはやめる!!でも西谷くんは人気があって、いつも人が周りに居るから話に行く事は出来ないと思う。だから話すのは無理なのは分かってほしい!」
精一杯の自分の出来る事を伝える。公認で堂々と見て良いと言うのは素直に嬉しい。目があった時に逸らさないでいられる自信はないけど。
「分かった!じゃあ、俺から話しに行くよ!同じマンションなんだから登下校も一緒に出来るじゃん。L○NEしよ!明日の朝で良いから学校行けそうだったら教えて!エントランスで待ち合わせしよ!」
待って、待って、待って!!何、どう言う事?!?!頭が追いつかない!
「え…あ、う…」とか話に付いていけずに変な言葉を出してる内にL○NE交換が終わり、明日学校に行けそうなら一緒に登校する事になってしまった。
「俺、頑張るね!桐谷にもっと見てもらえる様に!」
帰り際に西宮くんはまた意味の分からない事を言った。
もっとって、俺、コッソリとは言え、暇さえあれば西宮くんを見てたけど?
見送った後、しばらくポカンと玄関のドアを見つめたまま動けなかった。
突然の、憧れの人の訪問は突風の様に押し寄せ、俺の日常を変えてしまった。
でもそれは、戸惑いは大きいが、決して悪くなく、むしろ幸せな日々の始まりだった。
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