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定番のお悔やみ言葉を聞いては会釈する。 制服姿の真里也は何度も同じ動作をし、ありがとうございますと、掠れた声で同じ数だけを返していた。
射邊家にはもう大人がいないため、喪主は未成年の真里也が務めている。
親戚も誰もいないからと言って、母親を頼ることはしたくなかった。
事情を知っている商店街の大人や、博の友人からサポートしてもらい、通夜を経て、葬儀
も滞りなく進められている。
未成年にとっては精神的な負担が大きいからと、深町を筆頭に大勢の大人が協力してくれたのだ。
学生の真里也は、葬式のことなど何もわからない。父が死んだ時は博に任せっぱなしで、中学生だった真里也にできることは、ただ悲しむことだけだった。
博が倒れ、病名と余命を告げられた日から四ヶ月が経ち、桜の花もすっかり散ってしまった日差しの穏やかな日に、博は眠るように息を引き取った。
博は最後までたったひとりになってしまう、真里也のことを気にかけてくれた。
いつも背筋をピンっと伸ばし、言葉も、態度も精悍だった博が、初めて見せた気弱な表情と声は、残された命が短いことをたったひとりの孫へと突きつけるものだった。
葬儀を終え、かつては博も務めていた火夫の手によって、博の体は荼毘に付された。
この世から本当に博がいなくなったのだと噛み締めるよう、深町や他の住人達が引き上げても真里也は斎場に残っていた。
立ち昇る煙を見上げていると、人の気配がして振り返ると、いつの間にか羽琉が立っていた。
羽琉は何も言わず、黙ったまま真里也の側にいてくれた。
青とオレンジ色が混ざり合った空を眺めながら、じいちゃん、行っちゃったなと、口にした。
羽琉は、そうだなと、言ったっきり何も言わない。ただ、黙って真里也の側にいた。
通夜と葬式に實川も来てくれて、側にいようかと申し出てくれたけれど、担任でもない實川にそこまでしてもらうのは悪いと思って断った。
「そろそろ帰るか」
羽琉の言葉を聞いた時、辺りは既に真っ暗で、人気のない斎場の駐車場にはスタッフの姿もなく二人だけだった。
「……うん、そうだな」と答えると、真里也は羽琉と肩を並べて夜道を歩いた。
バスに乗って、最寄りの停留所で降りると、ふかまち珈琲店に寄りたいと言われた。
店は閉まっていたから、店の裏にある深町の住居へ向かった羽琉を待っていると、五分ほどして戻ってきた。保冷バッグを手にした羽琉は、長い足を活かしてすぐ真里也の元に戻ってきた。
「お待たせ。これ、店長が二人で食べろって作ってくれた」
「え、悪いよ……」
「いいんだ。葬式が終わった時、店長が言ってたんだ、帰りに家に寄るようにってさ」
「あ、じゃあ俺もお礼を——」
「真里也」
深町の家に向かおうとした真里也は、言下に呼び止められて羽琉を見た。
柔和に微笑む羽琉が首を横に振って、「早く帰ろう」と、微笑んでいる。
「……でも」
「帰ってゆっくりしよう。飯食って、風呂入って、じいちゃんの話を二人でしようぜ」
真っ直ぐ見つめてくれる眸にまた泣きそうになる。
慰めるわけでもなく、同情することもない。かといって、真里也を置いて帰ることもしない。ただ、側にいてくれて、一緒に過ごそうと言ってくれている。
「羽琉……」
「店長がさ、飯と一緒に真里也の好きなアップルパイも作ってくれてるぞ。また明日、一緒にお礼を言いに行こうな」
ほら、と言って羽琉が手を差し伸べてくれる。真里也は、そうだなと微笑み返し、羽琉の手を自然に握っていた。
普段なら高三にもなって、手なんか繋げるかって言っていたと思う。けれど今日は、目の前に差し出されたこの手を握っていたい。
父と博を亡くし、真里也にはもう、羽琉のこの手しか縋る相手はいないのだ。
射邊家に一緒に帰って、一緒にご飯を食べた。深町が作ってくれていたのは、ふわふわ卵が乗っかったオムライスだった。
ずっと食欲がなかったのに、羽琉が一緒だと、ペロリと平らげることができた。
さすがに風呂は交代で入ったけれど、風呂上がりには、羽琉が珈琲を入れてくれた。もちろん、父と博の分も。アップルパイを食べながら、小さい頃、あんなことして博に怒られただの、こんなことして褒められただのを競い合って話した。
平日の明日でも、真里也は忌引きで休みだけれど、羽琉は普通に学校がある。早く寝ようかと言ったけれど、俺も休むーと、便乗された。けれど、それが嬉しい。
羽琉、きっと俺が心配なんだろうな。
明日だけはひとりっきりでいたくない真里也の気持ちを知っているから、休みを宣言してくれたのだと伝わる。
真里也のことを誰よりもわかってくれているのは、羽琉だけだから。
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