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 博が亡くなってからの一ヶ月は悲しむ間もなく、真里也は様々な手続きに追われていた。もちろん、未成年の真里也に何ができるわけでもなく、代わりに面倒ごとを引き受けてくれたのは、未成年後見人だった。  初めて聞く名称に名乗りをあげてくれたのは、スーツの胸元にひまわりのバッチを輝かせた、メガネの似合う端正な顔をした水鳥(みずどり)だった。 「本当はさ、俺が射邊の後見人になりたかったけど、教師の立場では難しいからな。古臭い言い方だけど、贔屓してるとかって言われるだろ? そうなるときっと射邊が攻撃されるからな。嫌な世の中だよ」  真里也の今後を相談するため、放課後の会議室に集まったのは、真里也と羽琉。それと實川と、弁護士の水鳥だった。  それと、あとひとり……。 「すいません、俺のために時間を作っていただいて……」 「水臭いぞ射邊。これは当たり前のことをしてるだけだぞ。担任の濱本先生が産休になったんだ、学年主任の俺が代わりにお前の話を聞くのは当然だろ。けど、何で玉垣までいるんだ」  会議室にはコの字型に長テーブルが設置されており、真里也は實川の横に座っていたけれど、反対隣りには羽琉が構えていて、当然の顔をして参加していた。  真里也としては心強いのだけれど、どうも實川は暇つぶしにでも来ていると思っている。  正面には水鳥が和かに、生徒と教師のやり取りを見ていたが、残りのひとりが——。 「なあ、先生。それを言うならさ、何でその人がいるんだよ? それこそ部外者だろ」  組んだ腕で後頭部を支えながら、椅子にもたれる羽琉が、コの字の反対側の(へん)に当たる机に肘を付き、ニヤニヤしている桐生に向かって言った。 「高三の分際で偉そうだな。おい、實川。お前はどんな教育をしてるんだ。こいつの言い種は人を見下しているぞ。仮にも、俺は年上で、この学校の卒業生だ。もっと先輩を敬うように躾けとけよ」  桐生が不敵な笑みで、羽琉とガンを飛ばし合っている。真里也は小さな声で、やめとけと諌めたが、羽琉は聞いちゃいない。 「えーっと。そろそろ、僕に弁護士としての仕事をさせてくれる?」 「す、すいません。お忙しいのに、俺なんかのために学校まで来てもらって」  テーブルすれすれまで頭を下げると、水鳥の爽やかな笑い声が聞こえた。 「そんなに恐縮しなくていいよ。ちゃんと依頼費用は貰うから」 「は、はいっ! それはもちろん! ちゃんとお支払いします」  大体の金額は實川から聞いて入るけれど、弁護士によって額は違うからなとも聞かされていた。いくら父と博の保険金があるからといって、無駄遣いはできない。   「ははは。そんなに青い顔しなくてもぼったくらないから安心して。それに桐生から頼まれると、必然的に友情価格になってるからね」  正直、桐生が友達の弁護士を紹介してやろうかと、實川伝てで聞いた時、本物の弁護士なんだろうなと勘繰った。  チラッと桐生の方を見ると、目が合った。 「なんだ、俺のことを悪い人間だとでも思ってたのか」  両手の指を絡め、そこで顎を支えてこたらを見据える桐生に言われ、真里也はぶるぶると首を左右に振った。 「こら、桐生。俺の可愛い生徒をいじめるな。さ、水鳥さんすいませんがよろしくお願いします」  場を仕切り直してくれた實川の言葉で、水鳥が、ではと、咳払いをしてから背中側にあったホワイトボードに文字を書き出した。  書かれているのは、祖父の持ち家で真里也がこのまま住み続ける方法や、高校を卒業するまでの数ヶ月の費用のこと。それと大学費用のことや、遺産のことなどが綴られていった。 「真里也君の家は、亡くなった博さん名義の持ち家だから、財産として真里也君の名義に変わる。昔ながらの家だし、住宅ローンももちろんない。土地も借地ではなく、博さん名義だったから、それも真里也君名義になる。ここまではいいかな?」  本来なら専門用語を用いて話を進めるのだろうけれど、高校生の真里也にでもわかるように説明してくれる。デキる男は、細かい配慮も完璧なんだと思った。 「それと、博さんは遺書を作っていたよ。書かれてあるのは、家と土地はもちろん、彼が生前に作った仏像? も好きにしていいとある。實川先生に聞いたけれど、射邊博の仏像は結構な値がつくんだってね」 「あ……俺はそのへんのことは知らなくて。でも、先生がいつも褒めてくれるから、じいちゃんの仏像はすごいのかなってのは思ってました」 「そう。一度、専門の鑑定士に見てもらうといい。その時はもちろん、僕も同行するから安心してくれ。変な輩に引っかかると、高校生だと思って騙そうとしてくる輩もいるからね」  真里也は大学ノートに水鳥に言われたことを書き留め、はい、はいと何度も頷いて理解しようとしていた。 「俺も見たけど。あ、偶然だぞ。知り合いの住職が一年待って手に入れたっていうからさ、見せてもらったんだ。けど、傑作だったなぁ。俺も一体欲しかった」 「あ、先生も同じこと言ってました。でもじいちゃんの仏像って、そんなに高価なものなんですか? 俺には普通の老人が趣味で彫っていたものにしか思えなくて……」 「まだまだだな。だからお前の作品はギリ、及第点なんだ」  桐生の言葉に反応してのは羽琉が先だった。椅子から勢いよく立ち上がり、桐生を睨んでいる。 「また真里也をバカにするっ! あんたいい加減に——」 「あー、もう。二人とも追い出すぞ。桐生も玉垣も黙って座ってろ。射邊の大切な将来の話をしてるんだから」  實川に叱責され、羽琉は大人しく座り直した。いつだって真里也を心配してくれる、大切な幼馴染は、バイトまで休んでここにいてくれているのだ。  ほんと、羽琉には感謝しないとだな……。  この先、羽琉が困ったことに直面したら、何が何でも自分が一番の助けになろう。  羽琉のためなら何でもできる。  羽琉が自分にしてくれたように、彼の役に立てる人間に成長できるように、まずは税金やら、光熱費、日々の生活費用など、これまで博が管理してくれたことを水鳥から学ばなければならないのだ。  水鳥のわかりやすく丁寧な説明はこの後、一時間ほど続き、グラウンドから野球部の声が聞こえなくなった頃に終えた。
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