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「よお、久しぶりだな。長い間見なかったけど、随分可愛らしい顔に育ったじゃないか。お前、本当に男か?」  クッククと笑いながら真里也のことを、頭の先からつま先まで舐めるように見てくるのは、羽琉の父親だった。  喪に服していると言えば大袈裟だけれど、四十九日までは自分の好きなことは控えようと、美術部の準備室に行くことはせず、真っ直ぐ帰ってきたのに最悪の出会いだった。  男と最後に会ったのは、覚えてもいたくはなかったけれど、高一になった頃だと思う。  相変わらず顔はいい。背だって高いし、鍛えているのか腕も筋肉質で太い。かと言って、肥満体型ではないから、四十歳後半でも若く見えるのだろう。  働いているのか、何しているのか全く皆無の男は、真里也を品定めするように眺めながらほくそ笑んでいる。 「な、何かようですか。羽琉ならウチにいませんよ」  てっきり羽琉を探しているのだろうと思い、先手を取るように玉垣に言ったけれど、あいつのことなんてどうでもいいと、親にあるまじき発言を返してくる。 「そうですか。じゃ、用がないなら俺はこれで——」 「そうそう、お前んとこのクソジジイ死んだんだってな。ご愁傷さん」  これはさすがに怒ってもいいだろうと、真里也は遠心力を利用して勢いよく振り返った。 「今の言葉、取り消してくださいっ! いくら羽琉のお父さんでも許さない。じいちゃんに謝ってくださいっ」 「何だ、その言い草は。お前もジジイにそっくりだな、偉そうに言いやがって。あいつはいつも俺を目の敵にしてた。ちょーっと、家の前に吸い殻を捨てたくらいで、拾えってしつけーのなんのって。誰も見てなかったら一発殴ってやったのにな」  嬉しそうに逆恨みを言う玉垣を睨みつけると、これ以上くだらない会話は時間の無駄だと思い、真里也は男を無視して早足で家の中へ入り鍵をかけた。  扉に背中をもたれたまま、三和土に座り込むと、怯えている自分に気付く。  羽琉は小さな頃から、こんな思いをずっとしてきたんだな……。  父親が母親に暴力を振るい、羽琉が庇う。すると、攻撃の矛先は幼い子どもに向った。  小さい頃から植え付けられてきた暴力は羽琉を支配し、高校生になった今でも安寧を奪ってくる。  大人達は、玉垣のことを暴力団の人間だとか、刑務所に入っていたとか噂していた。それがもし本当なら、そんな人間が身近にいると知れば安心して眠ることなんてできない。  羽琉……。俺は、今初めて、お前の気持ちがわかったかもしれない。ちょっとだけだけどな。  立ち上がって尻の埃を払うと、誰もいない居間に入って電気をつけた。  広くはない平屋の家でも、ひとりだと寂しすぎる。でも、ここへ毎日帰ってきてくれる羽琉がいる。羽琉がいれば何も怖くはない。 「あんな親ほっといてもう、ここに住めばいいのに」  独り言がシンっとした家に響く。けれどその考えは、自分勝手なものだとすぐ跳ね返ってきた。  自分が寂しいからと言って、羽琉の気持ちも考えず何を言っているんだ。羽琉には羽琉の家があるんだから。 「でも、羽琉から言ってくれたら、あんな人からちょっとでも離れられるのに……」  また身勝手なことを口にしてしまった。  博がいなくなって弱気になっているからか、以前より羽琉に甘えている気がした。 「よしっ! 今日は羽琉の大好きなハンバーグを作ろう。バイトで疲れて帰ってくるもんな」  お礼と反省を込めたメニューを決めると、制服から私服に着替え、真里也は気合を入れるようにエプロンの紐をキツく縛った。  
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