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「射邊っ! お前は何で水鳥さんの言うことを守らなかった」  真里也の家の居間で、手に包帯を巻かれながら實川から叱責を浴び、真里也は項垂れながらも、居間の隅で体操座りする羽琉が気になっていた。  本気で怒る實川も怖いけれど、ずっと黙ったままの羽琉の方が何よりも怖くて心配だった。 「聞いてるのか、射邊っ」  わざと包帯をキツく巻かれたことで實川の顔を見ると、でも……と口を尖らせた。 「でももへったくれもないっ! いくら隣の奥さんに見て来てくれと言われたからって、何かあってからじゃ遅いんだぞ。何で先に警察へ連絡しないんだっ!」  こんな怪我じゃ済まなかったかもしれんぞと、まだブツブツ言うから、同じ回数だけ真里也は謝った。 「先生、ごめんなさい。でも、ありがとう。警察の人を呼んでくれて助かったよ」 「ったく。たまとま警官がこの辺を警邏(けいら)していたからな。捕まえて引きずってきたんだ」  これは言い過ぎだけどなと、さっきまで怒っていた顔はようやく治まり、いつもの實川の顔に戻ってホッとした。  お茶でも淹れるかと、實川が言うから、自分がやりますと、真里也は立ち上がった。 その時、座卓に置いてあった實川のスマホが鳴り、画面に水鳥の名前が見えた。  居間の片隅で實川が通話を始める姿を眺めながら、真里也の身元保証人である水鳥のことを心配した。  高校生に心配される筋合いはないとは思うけれど、自分の代わりに警察からあれこれ聞かされているのかもしれないと思うと、居た堪れなくなった。  また、迷惑をかけてしまったと反省はしても、今回は間違ったことをしていない自信がある。  大切な幼馴染を救いたかった。真里也の頭にはそれだけしかなかった。  通話を終えた實川に名前を呼ばれ、座卓の前で正座すると、真里也は潔く説教を聞く体勢をとった。 「お前のお母さんが自首したらしい」 「自首? な、何で母さんが……」 「一応罪状は窃盗みたいだな。お前の家から個人番号カード、家の鍵、そして射邊さんの仏像を盗んだと警察に自供したそうだ」 「で、でも母さんは悪くないっ。あの狐みたいな顔の男に脅されたんだ、きっと」  だろうなと、實川がポツリと言い、罪は罪だとも強く言われてしまった。 「けど、情状酌量の余地はあるだろうと警察が言っているそうだ。射邊、ここ数日、家の周りに警察が見回っていたのを知ってるか」 「あ、さっき羽琉のお父さんがそんなこと言ってたっけ」 「あれな、お前のお母さんが警察に言ってたらしい。自分のやったことを全部話して、警察に頼んでくれてたらしいぞ。ま、警官も前から玉垣の親父さんを張ってたらしいしな」  全部、水鳥さんが教えてくれたと、實川は話してくれた。 「母さんが自供したってこと? じゃ、自首したのもその話をするために……」 「多分な。水鳥さんの話では、ずっと前からお母さんはその、同居してた男に脅されたりとか、あまりいい扱いをされてなかったみたいだ」  ただ女の子が欲しかっただけなのに、思い詰めておかしくなって、家を出て行ったしまった、可哀想な人。自分が女に生まれていたら、こんなことになっていなかったのだろうか。  でも──と、真里也はかぶりを振った。  両親が離婚したから、自分は博の側で過ごせたし、何より羽琉に出会えたんだ。  かけがえのない親友。大切な幼馴染。この先、羽琉ほど大切な友人はできない。それだけははっきりわかる。  博がいなくなった後にも、羽琉の側で生きていけるのは、周りの大人達のおかげだと言うことも。 「……ちゃんと水鳥さんにお礼しないとですね。あの人、凄い弁護士さんだ……」  正義の味方を紹介してくれた桐生にも感謝だなと、心の中で思った。 「権利書も、お前のカードも戻ってきたけど、仏像だけはもう玉垣のお父さんの手元にはなかった。水鳥さんが警察で聞いたら、五体とも全部、バラバラの古物商に売ってしまったそうだ」 「……そうですか」  じいちゃん、ごめん。俺が単純でバカだから、じいちゃんの大切な仏像を……。  項垂れていると、實川が腹減ったなと言うから、真里也は恩返しも含め、うどんなら作れますよと腕まくりをした。 「射邊の手料理か、楽しみだな。一度ご相伴に預かりたかったんだよなー」  實川が湯呑みに二杯目のお茶を注ぎながら、真里也の包丁さばきを覗き込んで来る。  至近距離の實川に気にも留めず、真里也はネギを刻みながら、羽琉も食うよなと、台所から話しかけた。  返事がなかったけれど、勝手に羽琉の分も作ることにした。 「羽琉、腹減ってなくても、ちょっとつまめよ。あったかいもん食えば落ち着くし」  すぐ作るからと、台所で忙しなく動いていると、羽琉が實川を押し除けて、食器棚からどんぶり鉢を出してくれる。 「俺も……手伝う。お前、手を怪我してるだろ……」  そうだったと、誇張して笑ってみたけれど、羽琉はやっぱり元気がない。  そりゃそうだよな。自分の目の前で父親が逮捕されたら。  羽琉は何も悪くない。それどころか、だらしない父親を支えて今日まで生きてきたんだ。  総理大臣から表彰されてもいいくらいだ。  今日会ったことを思い出すと、また腹が立ってきた。  玉垣がどれほどの罪になるのか、真里也にはわからない。知りたいとも思わないけれど、簡単に羽琉のもとに戻ってきて欲しくないとだけは切に願う。  うどんを茹でる間、卵をといていると、俺がやると、羽琉に菜箸を奪われた。  出来るのかと聞こうとしたけれど、バイトで賄いを作っているくらいだ、卵とじくらいお手のものだろう。  ボールの中の卵液をかき混ぜる、細くて長い指に見惚れながら、この先もずっとこうやって羽琉と一緒に過ごしていけることを、真里也は微塵も疑わなかった。
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