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ヴィク
「お目覚めですか?」
俺は薄眼を開けて、声を掛けて来た俺の従者を眇め見た。
俺が召喚されたこの世界、ライトノベルやアニメ世界のような中世ヨーロッパ風のファンタジー世界であるが、そのファンタジーな証拠として人々の外見が色とりどりだ。
しかし、俺の従者となったヴィクトル、ヴィクと呼んで欲しいと言っている彼は、この世界にしては色味が普通だった。
ペリドットのような緑色の髪や、ドピンクや真紫な髪色の人がいるこの世界で、彼は俺と同じ黒髪で俺と同じ黒い瞳なのである。
いや、日に焼けた様な肌は浅黒く、目元は彫りが深いという、並んだ俺の方が彼の従者に見えるぐらいに華々しい外見の男なのだから、彼は十分にハデハデしいのかもしれない。
いやいや、確実にこの世界の住人だ。
低い声は滑らかで、軍人であるらしい肉体は細身に見えるがちゃんと筋肉質で、その上、穂高以上に身長があるという完全モデル男なのだ。
そんなヴィクは、俺が起きていることはわかっている、という風に微笑んで見せると、俺を起こすことは止めて俺の着替えを用意し始めた。
俺は溜息を吐きながらゆっくりとベッドから起き上がった。
そして部屋を見回した。
広いが質素な石造りの部屋であり、バルコニーなども無い窓も小さく、出入り用の扉は単なる木が嵌ったような作りである。
異世界から召喚までもした勇者なのだから、もう少し豪勢な部屋を用意しても良いと思うが、俺の境遇は三日で下層に落とされたのだから仕方がない、か。
当り前だが、人違い召喚の俺には魔法が使えない。
召喚した彼らこそが、召喚した勇者が凄い人材だったなど本だけの世界である、という事実にようやく気が付いたと肩を落とし、ついでに俺への扱いも落としたのである。
しかしながら俺は異世界人であり、この世界の言葉も満足に話せないというのであれば、あるはずの能力が開花しないのも当たり前だ。
今すぐに放逐して、他国に拾われたのちに能力の開放があったとしたら、この国にとっては危険極まりない状態となる。
まあ、そう偉いさん達に説得したのだ、俺の従者様が。
俺はこの世界の言葉は普通に理解できるし、俺の話す言葉は彼らの言葉に勝手に変換されているようなので問題はないようだが、ヴィクは俺にそう言う設定だからとこっそりと言い聞かせた。
あの召喚された部屋で、ちゃんとした言葉を話すなと、俺の耳に囁いたのだ。
なぜ、初対面の彼の言葉を俺が素直に聞いたのか。
召喚術には生贄が必要だったと、召喚された俺が一瞬で理解したからだ。
殺されたばかりらしき二体の遺体も転がっていれば、普通に生贄ありきの召喚だって理解するだろうし、恐怖で言葉だって失うはずだ。
ついでに、俺が彼らが望んだホダカで無いと知られれば、再召喚の為に俺があの死体の仲間入りするのは火を見るよりも明らかだ。
だから、俺はヴィクの言う通りに振舞った。
自分は、穂高であると、振舞ったのだ。
そして俺はヴィク預かりとなったが、俺の逃亡を怖れている国の偉いさん達は、王城の敷地内にある幽閉塔の一室を俺に与えたとそういうわけだ。
「さあ温かいタオルです。どうぞ」
俺はヴィクに言われた通りに夜具を脱ぎ、彼から手渡された蒸しタオルで顔や体を拭き始めた。
元の世界に戻って風呂に入りたいが、この蒸しタオル自体が贅沢な物だとすれば、風呂など夢の夢だろう。
「ありがとう。ヴィク」
「どういたしまして。俺はあなたのお世話が出来る事が喜びですから」
「変な人。最初から俺に優しいし。でも、いいの? 俺が勇者じゃないのに、俺を守っていいの? あなたは大丈夫なの?」
ヴィクは手の甲で俺の左の頬を撫でた後に、俺の顎にその手を添えた。
ぞくっと背骨におかしな感覚が走り、俺は咄嗟にヴィクの手に左手を重ねた。
「ふふ」
うわ、なんていい声で笑うんだ。
これまた俺の背筋がぴきんとしてしまったじゃないかって、俺の右耳に唇を寄せてきた。
「物事に無駄はない。あなたはここに召喚された。あなたは得難い人です」
「でも、この世界を襲う邪神を倒すために勇者を召喚したんだよね? だったら、魔法を使えない俺を守って大丈夫なの?」
「力の無い者が守られずに殺される世界ならば、滅んでしまった方がいい。大丈夫、大丈夫ですよ。あなたには人の怨嗟が見えたのでしょう? 魔法はそのうちに使えるはずです」
俺はごくりと生唾を飲み込んだ。
今までヴィクに与えられていた感覚など一瞬で消えるぐらいに、さあっと、俺の肉体から血の気が失せたのだ。
魔法を使えない俺だが、確かに、俺には見えた。
殺された人の恐怖や痛み、殺した人への恨み、そして、俺ががっかりな人間だと知った王城の偉い奴から滲み出た、俺への怨嗟をも。
「大丈夫。大丈夫です。あなたは俺の言う通りにしていればいい」
俺はヴィクに抱きしめられた。
父親が息子を守るように?
ハハ、そんな風だったらもっと安心できただろう。
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