憎しみと魔法

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憎しみと魔法

 ヴィクの身体はこの世界に放り出されて寄る辺も無い俺には、現実で、しがみ付くにはしっかりとしすぎていて、失ったものを思い起こさせるほどに優しくて温かかった。  そのせいか、俺は彼をぎゅうっと抱きしめたそのすぐ後に、彼の肩に顔を埋めて泣いてしまったのである。 「アキ?」 「ごめんなさい。あなたが温かくて。お、俺が弱くてごめんなさい」  自分の下腹部にあるものを握りしめるその手は、いざ、俺を快楽の世界に誘おうという意欲のあるものだったが、すぐに優しい手つきとなり、俺の物を簡単に解放した。  しかし、約束を守る男でもあるヴィクだ。  彼の手が俺のものから外れるや、俺の下半身にべりっという脛に感じたあの痛みを、一瞬であったが受けたのである。 「(いった)~い! 酷い!」 「ハハハ、じゃあ撫でてあげましょう。クールダウンをしましょうね」 「え? え? ってうわあ! ちょっと、終わったんでしょって、ああ!」  ヴィクの手は今度は容赦なく俺のものを撫でさすり始め、――。 「お茶のお変わりはいかがですか?」 「はひっ!」  俺は自分にお茶を進めて来た男を、びくっとなりながら見返した。  ヴィクではない。  焦げ茶色の髪をした大男、ジョサイヤさんである。  俺の溜めていたものを強制的に出したヴィクは、溜めていた自分の仕事のためにジョサイヤによって執務室に強制的に閉じ込められたのだ。  ジョサイヤはその代わりとして、俺の相手をしてくれているのである。 「大丈夫ですよ。隊長の決裁が必要な案件には目を通してもらうだけですから、二、三時間もすれば戻って来られます」 「いえ、あの、お忙しいのならば、俺は一人部屋に戻っても、あの」  戻って、俺は何かする事があるのか?  本ぐらい読めればいいのに。 「俺達の内緒はお気に召しましたか?」 「はひっ!」  俺はジョサイヤの質問によって、いろいろとムダ毛やら何やらすっきりさせられた、あのいかがわしい行為を思い出してしまっていた。  いや、先ほどからグルグルと、何度も、だ。  俺はあんな行為をした自分を恥ずかしいと思うよりも、穂高とそういう行為になることをも考えて、頭がスパークしているのである。  キスをする事どころか、告白さえできないと諦めていた穂高と、あんな行為をした時の相手として夢想してしまうだなんて!  おれはとんだエロ坊主だよ!  肉体の快楽は人間を駄目にするって本当だ。  俺は自分が情けないという風に両手で顔を覆ったが、本当は自分の奔放な唇こそ隠したかったのかもしれない。  ヴィクの指は三分かけずに俺に放出をさせた。  俺は俺で、出した事で本格的に泣きだして、ヴィクの胸を叩いてた。  抱きついた時には彼に謝っていた癖に、今やヴィクを叩いて罵っていたのだ。  俺はこんな所には来たくなかった。  俺を変えるのは止めてくれ。  完全なる八つ当たりだが、ヴィクは俺の顔を両手で包んだ。 「それでいい。泣きたければ泣け。罵りたければ罵るんだ。絶対にこの不条理を許してはいけない。アキは我慢をしなくていいんだ」  喋り方は新兵に対して上官がするようなものだったが、俺は従者のような喋り方をするヴィクよりも、こちらの方が良かった。  彼が自分の上官ならば、俺は泣いて彼にしがみ付いていられる。  自分の間違った選択を、全部、ヴィクに押し付けてしまえる。 「い、いつも、その喋り方がいい。あ、あんな丁寧な喋り方は嫌だ」  俺を見つめるヴィクは驚いたように目を丸くして、しかし、そのすぐ後に大きく吹き出して俺をぎゅうと抱きしめた。 「なんて可愛いんだ。初めての我儘がそれか! ああ、もう俺はどうしたらいいんだろうな。君に罪悪感で殺されそうだ」 「ヴィク?」  彼はさらにさらにぎゅうと俺を抱き締めた。  そして耳元で囁いたのだ。 「俺が君を見つけた」  その声は、あの日の声だった。  ヴィクが俺の日常、穂高がいる世界を壊した。
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