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俺が直面していく、真実
ヴィクの囁き声を耳に受け、俺は気が付いた。
それは、あの日の俺と穂高の続きを俺から失わせることになった、俺が憎むべき声だった。
ターゲットを捕捉しました。
「許さない」
反射的にそう言っていた。
せめて、あと数秒。
俺をこの世界に連れてくるのが遅ければ、涙を流しての穂高の告白を俺は最後まで聞く事が出来たのだ。
その内容が、同クラのあの子と穂高が付き合い始めたって噂の肯定でも、あるいは、重いばっかりな俺との絶交でも。
俺はそれで自分の恋心に終止符が打てたのだ。
「どうして! ああ、どうしてあなただったんだ! どうして俺に教えたんだ!」
「君は幼気すぎる。伝えないのはフェアじゃない」
「フェアって何だよ」
俺はヴィクを突き飛ばして、この世界に連れて来られた鬱憤を全部彼にぶつけるべきなのだ。
それでも俺にはそれが出来ないのは、俺はこの世界で一人になることをひたすらに脅えているからだ。
当り前のように俺の世話をしてくれるヴィクがいるからこそ、俺は失った世界、家族や恋い焦がれる親友などを失った事実に絶望しないでいられるのだ。
「真実を知った俺が、あなたをずっと、ず~と憎んでしまうかもしれないのに。どうして! 俺の世話は罪悪感だけで、面倒になったって事か!」
俺の体に回された腕はさらにぎゅっと俺を締め付け、ヴィクは笑いを含んだかすれ声を出した。
「アキはどうしてこんなに可愛いばかりなんだろう」
「バカにして!」
「馬鹿になどしていない。俺は君を甘やかして可愛がりたい。それだけだ。そんな相手を騙し続けたくは無い。そうだろう?」
ヴィクの深い声は俺に答えを求めているようであったが、俺は何も答えず、ただ、彼の胸から顔を上げて彼を見返した。
彼が真っ直ぐに俺を見つめるその真っ黒の瞳には俺が映りこんでおり、俺はこれこそ真実でしかない気がして両目を閉じた。
すると当り前のようにして、ヴィクの唇が俺の唇の上に落ちて来た、のである。
そう、俺はファーストキスだって、ヴィクに与えてしまったのだ。
この淫乱。
流されやすい大馬鹿野郎。
「顔を隠しちゃって、そのご尊顔は下々の者には見せられないってか?」
下卑た揶揄い声に俺はハッとした。
そうだ、ヴィクの部下達に嫌な思いをさせないように、俺は自分の一挙一動に気を付けて行かねばならないじゃないか。
俺は両手を慌てて顔から外したが、俺の目に飛び込んで来た俺を罵倒した人物はヴィクの部下ではありえなかった。真っ赤な制服を着た男達だった。一人は水色の髪に顎がとんがっている、美形と言えばその範疇かもしれない顔付の男だ。俺は彼の細い顎のせいで鼬みたいだとしか思わなかったが。
もう一人は、薄緑色がかった黄色の髪の男で、水色頭と違って顎は普通だが顔立ちも普通だと思った。そして、この男達こそこの王城の近衛兵なのだと一瞬で理解した。
彼らもジョサイヤ達みたいにマントを羽織っているが、マントを留めているブローチが、ここの王様の紋と同じライオンみたいな生き物の横顔なのだ。
「ほう、可愛いな。勇者としては無能だが小姓としては有能そうだな」
「はっは、確かに。ほら、訓練をつけてやろうか? ベッドでさあ」
下卑た笑い声を二人はあげ、彼らの周りにはどんよりとした薄墨色の靄が立ち込め始めた。
これは彼らを憎む俺の周囲にいる人達の気持ち。
それから、彼らからも靄は出ている。
この靄は自分達には得られない、素晴らしさを持っているヴィクに対する恨み? やっかみ?
貴族の彼らが、どうしてそんな気持ちをヴィクに抱くのかわからないけれど。
「ほら、こいよ」
薄き緑色の頭が俺に手を差し出したが、俺はその手を振り払った。
勇者として振り払ったのではなく、生理的嫌悪感による反射的なものだ。
しかし、そんな俺の感情が彼らを刺激したのか、水色の頭が俺の肩を掴むと、椅子から引っ張り上げて俺を床に放った。
まるで野良猫がテーブルに乗っていたからと、その猫を掴んで放り投げるような、そんな動作だった。
「生意気なガキだ。躾こそ必要だ!」
「はう!」
背中に強い衝撃を受け、俺は肺の空気を全部吐いていた。
俺の背中を蹴った男は、俺の背中を踏む足に自分の体重をさらにかけ、俺の背中はみしっと軋んだ音を立てた。
「おやめください!」
「いいじゃないか。魔法使いは頭さえ動いていれば使い物になるんだろ。自立できなきゃ、俺達に従順に従うだけだろ?」
「キャド。動かなきゃ楽しくないだろ?」
「そうだな。まずは恐怖を与えるだけだ。片耳でも落とすか?」
俺の目の前に長剣が床に刺さり、俺はこの剣で体のどこかが確実に切り落とされるのだと、鈍く光る刃先を眺めた。
「新調したばかりの奴なんだよ。最初に吸わせる血がお前のものになるなあ。光栄だと感謝するんだな、ただ飯ぐらいの下民選用便所が!」
「お前らなんかと比べ物にならない程に、ここのみんなは上等だよ!」
「黙れ!」
「けふ。」
俺は床に同化するぐらいに強かに背中を再び踏みつけられ、朦朧としはじめた意識のなかでも、床に刺さった剣先を見つめていた。
その刃先は、眺めているうちにどんどんと曇っていき、それは俺を靄が取り巻いているからだと気が付いた。
周囲の人達。
ヴィクの部下達が、俺を助けたくとも助けられないと、その鬱屈した気持ちを俺をいたぶろうと考えているこの二人組に注いでいるのだ。
俺の目の前の剣が消えた。
水色が剣を引き上げたのだ。
切られる、と、俺は両目をぎゅっと閉じた。
すると、暗いはずの視界には床にうつ伏せにされている俺には見えない視界、三人称視点の俺と二人組が見え、さらに、俺を取り巻く怨嗟が次々としゃべり出してきたのだ。
死んでしまえ。
貴族じゃなきゃ一日で野垂れ字ぬ阿呆が。
あの無駄な奴らの腕が取れてしまえばいいのに。
空っぽの脳みそに糞を詰めてやりたいな。
靄は怨嗟の声を上げながら水色の体中に纏いつき、特に剣を握る右手に集中していく。
「おやめください!」
この声はジョサイヤで、目を瞑った俺の真っ暗な視界の中で、水色がジョサイヤに剣を振りかぶった姿が見えた。
「やめて!」
バン!
俺の叫びと共に、ジョサイヤに切りかかった男の手が弾けた。
手、ではない。
肘から下が弾け跳んだのだ。
靄が火薬のようになって、ボンっと爆発したのである。
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