穂高司の想い

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穂高司の想い

 穂高(ほだか)(つかさ)が真実に辿り着くまで三か月を要し、真実を取り返すために要した時間を合わせれば、一年は経っていた。  穂高は小学校で出会った友人に恋をしていた。  海外から帰国したばかりの穂高は、取りあえず公立小学校に通うことになったが、そこで彼の人生を決めた少年がいたのである。  真っ黒の髪に真っ黒の瞳をした少年は、同年齢においては少々小柄だったが、その頭でっかちにも見える体型がトゥーンアニメのキャラクターのようでもあり、穂高の彼への第一印象は「可愛い」というだけだった。  しかし、その少年は小さいくせに、偉そうだった。  他の生徒は穂高に煩く話しかけてくる中で、彼は全く話しかけてこないどころか、教室内の喧騒など知らない風にして、教室内の水槽を眺めているという始末だった。  君は俺よりそのアカハライモリなのか?  穂高はその少年ばかりが気になり、他の生徒との会話がおざなりになってしまった。  そのせいなのか、穂高は翌日から誰にも相手にされない身の上に落ちた。  穂高自身は煩いだけよりも気安いと平気だったのだが、転校して一週間目のある日、あの少年が穂高に初めて話しかけてきたのである。 「お前ニホンゴわかんないのか?」 「失礼だな! わかるよ!」  反射的に穂高は同級生に言い返していたが、その少年は笑顔を返した。  怒鳴り返した自分が恥ずかしくなるぐらいの、良かった、と顔に書いてあるのが分かる優しい笑顔だ。  穂高は少年の笑顔に息を飲んだ。  白い肌はぷくっとしていて赤ん坊みたいで、癖のある黒髪は短すぎる程のショートだが、そのせいで少年の長いまつ毛や悪戯そうな大きな目が強調されて、誰よりも可愛らしい人だと穂高に思わせたのだ。 「(わり)い。お前いっつも一人だからさ、もしかしら俺達の言葉が分かんないのかなって思ったんだ。ほら、俺だってもさ、こんにちはのハローも、俺は(かのう)昴輝(あき)ですっていう、マイネイムイズとかは言えるじゃない?」 「ああそうだね。そうか。心配してくれてありがとう。俺は日本語わかるけど、友達の作り方はわかんなかったみたいだ」 「うわあ。じゃあさ、友達になる? ほら、茉莉(まつり)ちゃん、君の言う通りだった。初日を失敗しちゃっただけみたいだよ」  穂高はさらに最高の笑みになった昴輝少年を見返し、彼の笑顔が穂高ではなく、穂高に最初に話しかけて来た少女に向けられる事に黒い感情を抱いた。  感情と考えが一目でわかる可愛い人は、顔じゅうに「茉莉ちゃん大好き」と書いているのである。  穂高が昴輝の振る舞いに苛立つ自分を不思議がるどころか、自分の初恋が一瞬で破れたと理解してしまったのは、やはり、外国暮らしが長かったからであろう。  穂高一家と友人づきあいをする現地の家族には、普通に同性愛のカップルも多くいたのである。  否、他所はよそウチはウチを貫く穂高一家だからこそ、同性愛のカップルの家族の知り合いばかりが増えていたのかもしれない。  また、その経験があるからこそ、穂高は何の葛藤も感じずに昴輝への恋心を認められたのだろう。  そして穂高は、自己主張せねば埋没してしまう世界で生きて来た。  そんな彼が自分の初めての恋に、簡単に敗退を許すはずが無いのである。  そこで彼は恋した昴輝に自分が気に入られるために、昴輝が思慕する穂高の敵でしかない少女とも仲良くした。  優しい昴輝に好かれるように、誰にでも親切朗らかを心掛けた。 「穂高くん。好きなの」  穂高に告白してきたのは、穂高が望んだ昴輝ではなく茉莉だった。  穂高はしまったとその時思った。  一欠けらも彼女のことなど好きでもないのに、彼女にイエスと言おうがノーと言おうが、彼は昴輝を失ってしまうと考えたのである。  穂高にとっては最初の試練であった。
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