穂高司は一途であった

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穂高司は一途であった

 自分に告白してきた昴輝の初恋相手。  どう断るべきか?  断った所で、昴輝は穂高に同じように接してくれるのか?  穂高は完全にパニックに陥っていた。  すると、彼の口は勝手に動いた。 「あ~。俺は昴輝と遊ぶ事しか考えていないから」  これは彼の本気の言葉だった。  明日から昴輝と遊べなくなったらどうしよう、そんな彼の心からのシャウトでもあった。  けれども、この考え無しの台詞が穂高に幸運を引き寄せたのである。 「そっかそうだよね。私達はまだ小学生だもんね」 「ごめんね。茉莉ちゃん。俺にはまだそういう感情は無いんだよ」 「そっか。友達のまんまだね」 「これからも友達でよろしく」  穂高は昴輝も失わなかった。  自分よりも人を気遣う昴輝が、自分と遊ぶことしか考えていない友人を、自分の失恋を理由に切り捨てることは無いのである。  そうして穂高は告白を断る理由に昴輝を使い、昴輝を自分に縛り付けて来た。  絶対に離れない意志を持って、昴輝の進学先だったらどこにでも行こうと、無駄に勉強だってしてきたのだ。  それが、失われた。  失う覚悟を持って告白したその日に、彼から彼の人生そのものが失われたのだ。  ただ消えただけではない。  彼の世界から(かのう)昴輝(あき)という人間の存在自体が消え去ったのである。  彼の左腕を掴んでいたはずの昴輝が消え、その日は学校を休んで昴輝を探し回り、終には警察にも飛び込んだ穂高に知らされた事実は、昴輝という人間が最初からいなかったという世界だったというものである。  彼は高校を辞め、何が起きたのかと、毎日昴輝が消えた駅のその場所に行き、毎日その場所を眺めるという暮らしを続けていた。  三か月目にして、同じ時間だと気が付いた彼はそのまま、数メートル先のあの日の二人がいた同じ場所を睨み、強く強く、あの日に戻りたいと願った。  すると同じ雑踏の中だが違う雑踏の中に彼はおり、なんと彼の目の前には、自分と昴輝がいたのである。  三か月ぶりの昴輝の姿に穂高は叫びかけ、そんな穂高を押しとどめる声が穂高の耳に響いた。 「ターゲットを捕捉しました」  目の前で消える昴輝。  昴輝が消えて動揺し、昴輝の名前を叫びながら走り出した、三か月前の穂高自身の姿。 「そうか、異世界召喚」  穂高は自分も出来るはずだと、なぜか知らないが確信していた。  なぜかは無いだろう。  彼は三か月前にタイムリープしていたのだ。  愛する昴輝を取り戻すためならば、異世界ぐらい飛んでみせると決意したのはおかしくはない。  だが、昴輝が連れ去られた異世界を見つけ出す方法など思いつかなかった。  彼はそこで、何度もあの日に戻り、昴輝が連れ去られる一瞬に飛びこむという事を何度も何度も繰り返していた。  タイムリープは一日に二回が限度。  そのため、昴輝を奪ったあの召喚術の座標を見極め、そこ目掛けて決死のダイブを決行して成功するまで、ゆうに七か月はかかってしまったのだ。  穂高は東京にはない枯れた土のにおいを嗅ぎながら、ようやく、と呟いた。  すると、幸せだった過去の幸せを感じた昴輝の台詞が蘇った。 「お前は本当に何でもできるよな。お前のせいで俺は毎晩毎晩参考書と睨めっこだよ。お前を俺と同じ馬鹿校に連れていけないじゃんか」 「俺の為に君がそこまでしてくれることが嬉しくて、ああ、嬉しくて、どれだけ君にキスをしたかったのか君はわからないだろう? ああ、愛していた。どうして、俺はあの日まで我慢していたんだ! もっと早く君に告白して、君に玉砕でもしていれば俺は終わることができたのだろうに!」  穂高は誰もいない真っ暗な世界で、記憶の中の昴輝に叫んでいた。  確実にこの世界に昴輝はいるはずだと彼はタイムリープの能力を変形させて飛んで来たのだが、この世界に昴輝がいる気配も何もない荒野でしか無いのだ。  穂高は大きく息を吐いてから周囲を見回すと、遠くの方で炎を焚いているようなオレンジの小さな光が揺らぐのが見えた。 「炎があるという事は人がいるな」  彼は一歩を踏み出した。
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