この世界は怖い所

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この世界は怖い所

 一か月も経つと、俺への警戒? が緩んだというか、このままふらっと俺にいなくなってほしいと王城の偉い人達は考え始めたのか、俺は城下町へのお出掛けまでも許してもらえるようになった。  お付きとして、ジョサイヤが選定した警護の人間を付けるのが条件だが、ジョサイヤこそヴィクの隊を纏めている要の人であるせいか、毎回素晴らしい人選をしてくれる。  今日のお付きは新兵のように若いレイサンと言う人だった。  俺は彼と一緒に市の店々を覗いては冷やかし、適当に買ったお菓子を齧りながらぶらぶらと歩いた。彼は気さくで楽しい人で、なんだか高校の先輩とお出掛けしているようで楽しいばかりである。  そして、城下町に出てわかった事だが、屋台の食べ物やお菓子はどの世界でも美味しいという事実だった。  小麦や砂糖が偉い奴のものならば、別のものを使えばよい。  俺の一番のお気に入りは、トーガシャという名前のナッツケーキだ。  胡桃のような木の実が混ぜ込んだ生地はちみつで甘みをつけられており、それを丸い団子状にして棒に突き刺して焼いてあるだけのものだ。  その生地だけでもサクッとして甘くておいしいのに、手渡してくれる時に茶色のこってりとしたクリームをつけてくれるのだ。  クリームは、なんと、ミルクを煮詰めてクリーム状にしたもので、甘いケーキにほろ苦さとこってりした甘みを追加してくれる。  初めてトーガシャを食べた時、不味い黒パンとスープという食事だけの俺には、神様がくれたご褒美ぐらいに美味しく感じたものだ。  おいしいと泣いてしまった俺に、その日のお付きが慌てたぐらいだ。  あの人には申し訳ないことをした。  俺の警護に抜擢されたって喜んでいたのに、俺が泣いちゃったから外されたのだろう。それ以来は泣かないようにしたけど、あの人を外した時に固定を付けないって決めたらしいとジョサイヤに聞いた。  なんでも? ヴィクこそが仕事を放って俺のお付きになりたがっているから、固定の警護人はいらないって言っている? から? ヴィクが?  ジョサイヤはヴィクと俺についてわかっている顔をするが、俺達の仲は進展などしてはいない。  俺達は一か月の間に何度も一緒に噴水風呂に入ったが、キス以上の性的な事をしたのはあの最初の日だけであるのだ。  ヴィクは俺を親密な風に揶揄い抱き締めるが、それ以上の事をして来ない。  それにホッとしていながらも、あの日の彼の指先の動きを思い出して自分の下腹部に伸びそうになる手を抑える自分がなんと浅ましい事か。  俺は穂高に恋をしていたんじゃなかったのか? 「ホダカ様がいらしてから、我が隊は活気が出ましたね。何よりも、笑顔でも何を考えているのかわからない隊長が、本当の笑顔で大笑いされるのですもの」 「ヴぃ、ヴィクは優しい、いつもだよね? みんなにも、だよね?」 「それはあなたにだけですよ」  それは嬉しいと有頂天になりかけて、俺は自分にぞっとした。  毎晩穂高に会えない世界だと絶望していながら、俺はヴィクが俺だけを特別にすることに望んでいるなんてと、自分の身勝手さに気が付いたからだ。  そして、ヴィクが自分に性的な事をしなくなった理由を俺は気が付いた。  彼は俺が穂高を愛しているからこそ、あの日のようにして俺の体に触れてくることが無くなったのだと。  ヴィクこそプライドの高い男だ。  自分を道具か何かのようにしか考えていない人間に、自分を別の人間に見立てられるのは許せないことだろう。  それとも、彼は俺への気持は無いのでは無いのか。  ほら、隊の人間達が無体な命令にはいつでも反抗できるように、彼らの心の中の足枷を壊すことが目的っぽかったじゃないか? 「キドラに勇者様が出現されたって本当ですか?」  俺は吃驚して振り返った。  今の台詞は屋台の店主、俺にトーガシャを売ってくれた顔見知りのダシュネルという人だが、彼は俺の今日のお付きのレイサンに窺うようにして尋ねていた。  レイサンは薄墨色の軍服姿だから、彼ならば世界情勢に詳しいだろうとダシュネルは考えたのだろう。  俺は街に出るようになってから知ったが、王城は三年前にクーデターが起きたばかりなのだという。  そこで敗退した王子が自分を支持する貴族と近衛兵を引き連れて、王子の領地がある東部のカナン地方へと逃げ、城を守る兵士を大量に失った王とその側近はヴィクを招いてヴィクの兵を足りない近衛兵代わりにしているという事らしい。  貴族でもなく、人民兵の隊長でしかないヴィクを城に招いたのは、ヴィクがダンドール国の民衆には人気があるお人であるために、民衆の蜂起を抑えるための人事ではないかと俺は思う。  俺が城が欲しい王子だったら、自分は安全な場所に逃げて、王都を民衆に攻め込ませるという方法を使う。  フランス革命だって、結局は民衆の先導者だったロベスピエールをも斬首して、イギリスやら他国に逃げていた貴族が戻って元通り、だったではないか。  そして、俺がそう考えたことをヴィクに言ったら怒られた。  俺は自分がヴィクの助けになればいいと思っているだけなのに、彼のお飾りでいなさいと、彼は俺に言うのである。 「それって、俺に何も期待していないこと?」 「君の頭が空っぽだと周りが思っていれば、周りは君に警戒しない。この子は可愛いから殺すのはもう少し後でいいか、そうなるでしょう?」  俺は素直にヴィクに頭を上下させていた。  だって、この世界がちょ~(こえ)えと再認識させられたのだもの。  だから、レイサンがそんなことはないとダシュネルに答えている所を見ても何も言わなかった。  ただ、夕飯の時間にヴィクが部屋に来てくれるのをじっと待った。
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