勇者 穂高司

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勇者 穂高司

 キドラ攻略は簡単すぎる程に簡単だったと、燃え盛る敵地を眺めながら穂高は思いを馳せた。  彼はこの地に辿り着いてすぐ、人が住まう村を探索するべく動いた。  ロールプレイングゲームではゲームスタートしたら一番近くの村へ行く、それはゲーム攻略として初歩的な行動だからだ。  穂高が出現した場所から近くに小さなオレンジ色の光が見えたが、担いでいるナップザックから取り出した距離測定機能付きの双眼鏡によれば、十キロはある。そこで穂高は持ってきた寝袋にて数時間休み、日が昇った頃にその村に向けて出発したのである。  辿り着いて見れば、小さな村は小さな畑と鳥の飼育だけで糊口を凌いでいるような寒村そのものであった。それでも穂高は警戒しつつも、彼からすぐ近くで地面に何かを描いて遊んでいる男女の子供二人に近づいた。  何かあればその子供達を人質にして逃げようという魂胆である。  また、村人が友好的であるならば、子供達と仲良くなることは今後においても役に立つだろうという打算だ。 「ああ、俺は昴輝がいないとろくでなし一直線だな。大体さ、俺はもともと自分以外はどうでもいい人間だったものな」  彼は子供達を脅かさないように近づいたが、子供達が魔法陣のようないたずら書きをしており、魔法陣というものに昴輝を奪われた記憶が重なった彼は、子供に対して大声を上げていた。 「これはなんだ!」  穂高に怒鳴られた子供達は脅えて抱き合った。  そして、ビクビクしながらも穂高の問いに答え始めたのだ。 「あの、ゆ、ゆうしゃ様を呼び出すものです」 「そうそう。ゆうしゃ様は困った人を助けてくれるの」  見るからにぼろ服どころか、ガリガリにやせ細った子供達の言葉に、穂高は一先ず自分の中に湧き出た怒りを抑え込んだ。  こんなにも不幸な人間だらけの異世界ならば、勇者などを召喚したいと考えるのは当たり前であり、あの誰にでも優しい昴輝が選ばれてしまうのは必然的な結果だったのだろうと認めるしか無いのだ。 「ゆうしゃホダカ様はみんなを助けてくれるの!」 「ゆうしゃホダカ様は悪い人をやっつけてくれるんだよ!」 「俺が穂高だ!畜生!昴輝は俺と間違われたのか!」  子供達は穂高の罵り声の前半部分だけを聞いていた。  否、穂高の叫びの後すぐに、近くで大きな悲鳴が上がったのだ。 「ホダカ! 助けて! お母さんが!」 「ホダカ! あいつらをやっつけて! またあいつらが来たよ!」  畑仕事をしていた女性と男性達がぼろ服を着た盗賊風情の数人に突き飛ばされ、女性に関しては太陽が輝く昼間であるというのに衣服を破られ始めている。  穂高はカッと頭に血が昇っていた。  多数に無勢など彼の頭の中から消えていた。  あんな奴らがこの世にいるから、俺から大事な昴輝が奪われたのだ、と。  あいつらを切り捨ててやりたい。  彼が願ったそこで右手には輝く銀色の剣が握られており、今すぐにそこに辿り着きたいと踵に力を入れれば、穂高は鳥のように高くジャンプしていた。  俺が勇者で俺の思い通りになる世界ならば! 「この糞野郎どもが! 死んで俺に詫びろ!」  穂高は敵陣に切り込んでいった。  魔法を使える剣士に適う雑兵など、どこの世界にもいやしない。  穂高はこの初陣により完全なる勇者認定をされ、キドラ国の王城に招かれ、そこで彼はダンドール国の噂話を聞かされた。  一か月前に勇者召喚を行って、それが失敗したらしいという噂話だ。 「失敗と言う事は、召喚された者が俺で無かったと言う事ですね。では、その少年はその国に保護されているのでしょうか?」  キドラ国の宰相という男は、憐れみを含んだ表情を作って顔を横に振った。 「召喚術には人の生贄が必要となります。失敗したのならば、次の生贄にされたことでしょう」 「では、ダンドール国を攻めましょう。そんな国などこの世界には不要です」 「何を? 勇者、さま?」  穂高は宰相を突き飛ばすと、彼を下に見ている王の目の前に進んだ。 「どけ、無駄に生きている男! ダンドールを攻めるぞ。今すぐに攻めるぞ! 断るのならば、今すぐにお前らを全員殺す!」  一斉に宮殿に控えていた兵は穂高に対して剣を向けたが、一瞬にして穂高は兵士も女官も関係なしに突風魔法にて蹴散らした。 「さあ、どうだ!」  王も誰も彼も、穂高にひれ伏した。  穂高はキドラ王の冠を外すと自分の頭にかぶり、大声で号令を出した。 「ダンドールを攻める! 進軍だ! 兵を集めろ!」  そして、兵だろうが何だろうが引き連れて、兵糧食も考えずに恐怖だけでキドラ人を進撃させたのである。  その褒美として、彼らが戻って来ないようにキドラの王城を焼いた。  それから彼らが進軍しやすいようにと、一歩先に出て、キドラに接するダンドール国の領地、コルカスに火を放ったのである。  真っ暗な空の下で、コルカスの大地はオレンジ色に染まっている。  冬が近い季節であるためか、風は乾いて熱を持っている。  この灼熱地獄こそ自分の憎しみの炎だと、穂高はダンドール人に言ってやりたかった。  いいや、言ってやるためのこの惨状だと、彼は微笑んだ。 「よし。陽動はここまで。俺はダンドールの王都を目指す。昴輝を殺した奴ら、全員をぶち殺す」
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