天から落ちた蛇

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天から落ちた蛇

 キドラ国によるダンドール国侵攻の報は、王城に住まう王族と貴族を震撼せしめ、俺の立ち位置にもかなりの影響を及ぼした。  当り前だが、キドラ国に勇者ホダカが出現したのならば、無駄飯喰らいのお前は一体誰だ、と言う事になるものだ。  俺は幽閉塔から引き出され、久々に王の御前とやらに突き出された。  俺は謁見室とやらに連行されながら、自分が殺されるかもしれないという可能性を考えても脅えを何も感じなかった。  それは、結局穂高まで召喚されてしまったのかという悲しみは勿論だが、穂高に再会できるかもしれないという淡い期待がそれに勝るどころか、俺の感じるべきである恐怖までも払拭してしまったからであろう。  いや、そうじゃない。  俺を襲いかけたヴィクが俺の上であげた罵倒、それに大笑いしてしまったからかもしれない。 「畜生! 俺が進軍する前に!」  笑うしないだろう。  そんな笑える台詞を吐いた男は、俺を優しく抱きしめて、俺の耳に囁いたのだ。 「俺に全部任せるんだ」  俺は彼を抱き返し、もちろんだ、そう応えた。  すると、ヴィクは右手で自分の目頭を覆い、小声で呟いていた。 「畜生! 全部任せる気か!」  俺はどうしたらいいのだろう?  さて、そんな俺は、謁見室に辿り着いたそこで、王様にお目通りなど出来ない状況となっている。  俺の前には俺の壁となってヴィクが立ち塞がっているのだ。  いやいや、ヴィクだけじゃない。  俺はヴィクの兵達に囲まれて、真っ黒の壁に隠されているという状況なのだ。  自分の事なのに話に加われないどころか、ヴィク達の黒い背中ばかりで何も見えないという難点もあるが。 「キドラの勇者は我が国を世界の敵と名指して侵攻しているそうだ。どうしてくれる! あの勇者はキドラの王城も焼いたと言うじゃないか!」  威厳のない甲高い男性の声は、ヴィクと同年代かもしれないが、体重は二倍あって筋肉量は三分の一も無い王様であろう。  そして、そんな威厳のない相手に怒鳴られても、俺のヴィクが揺らぐことなど無いのである。 「そうですね。勇者の名を騙るというのは誰にでもできます。たとえば、邪神イスラーフェルが勇者の振りをして世界の混乱を招くのはよくあることです。キドラの王城を焼いた? それこそ邪神の所業とは思いませんか?」  俺はそう来たかと、ヴィクの切り返しに驚いていた。  確かに、西部のコルカスに対して破壊の限りを尽くしている点だけ言えば、勇者ではなく破壊神の出現と言えそうだ。 「ざまあみろだよな」 「そうだよね。俺達を追い出して、それでキドラに焼き殺されてんじゃお笑いだよ。ざまあみろって」  黒い壁の若者付近が囁き合い、ジョサイヤが咳ばらいをして黙らせた。  でも俺は、俺達を追い出して、の言葉が妙に気になり、ねえねえという風に、若い兵士の背中を突いた。  振り向いたのはアントンで、俺のお付きをしてくれた事もある顔見知りだ。 「ねえ、コルカスって、ファルカス人の土地だった?」 「そう聞いている。俺は赤ん坊だったからさ、殺されずに済んだのかな。で、浅黒い肌に黒っぽい髪と目はファルカス人しかいないだろ? 生きてくには軍人になるしかなかったんだよね」 「そ、そか。ありがとう。辛い話を」 「辛くは無いよ。俺はいまや、誰もがビビるスキュラベイクの隊員だ」  アントンは自分のマントを止める銀の蛇のブローチを指さして、俺ににやりと笑って見せたが、ジョサイヤによって頭を掴まれて前を向かされた。  ヴィクの部下がつけているブローチのモチーフは、三枚羽根の蛇。  この世界の伝説の蛇、スキュラベイクだ。  スキュラベイクは、かつては美しい銀色の天界の竜だったそうだ。  その美しさに嫉妬した天使の一人が矢を射ってしまい、スキュラベイクは羽が一枚欠けて天から落ち、再び天に昇ろうと足掻き続けて手や足も失い、終には蛇の姿となってしまったという。  スキュラベイクが自分の体さえも貪り喰らう程にどう猛なのは、自分の姿が醜く変わり、天に昇れなくなったからである。  スキュラベイクを隊の紋章にしてしまった男は、やはり復讐だけを考えているのであろうか?  だから、俺に全部任せるのか? という意味不明の呟きを上げたのかな?  俺はヴィクの背中を見返した。 「お前に全部任せれば大丈夫だとお前が言ったのではないか! それなのに、我が国が召喚したその勇者には勇者たる能力が皆無だ! お前は勇者を騙る偽物を私の前に出して、私を騙したというのか! イスラーフェルだったらなおのこと、偽物勇者しかいない私達は危険ではないか!」  あ、いつのまにか、結局俺が無能って話に戻ってしまっている! 「それは勇者がイスラーフェルを前にすればわかるでしょう。勇者がいるからこそ、我々はイスラーフェルに立ち向かえると言い切れます」  確かに、キドラの勇者が穂高であれば、俺には説得が可能かもしれない。  だがイスラーフェルのような破壊者であるそれは、本当に穂高なのだろうか。  穂高は優しい奴だった、のだ。
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