後ろに隠れていなさい

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後ろに隠れていなさい

 穂高は気さくで出来る奴だからと、生徒会やら学校の教師から頻繁に頼まれ仕事を押し付けられていた。けれども、彼は断るどころか、いつでも笑顔でニコニコしながら仕事を受け取るという、どこまでも人の好い男であった。  付き合わされる親友の身にもなって欲しい。  まあ、あいつはお疲れ様と俺の肩をもんでくれたし、俺は彼に肩を触れられるというその親密さが嬉しくて付き合っていた馬鹿者だけどさ。  だけど、穂高の目元に隈が出来ているのを見つけたならば、そんな頼まれ仕事を穂高にさせ続けて良いはずなど無いのである。 「たまには断れよ」 「うん。ごめんね。付き合って貰ってさ。昴輝は用事があるんなら」 「ねえよ! 馬鹿! お前のハードすぎる日常に物申してんだ。お前が倒れたらどうすんだよって話なんだよ!」 「平気だよ。俺が倒れたらさ、昴輝はうさぎさんリンゴとか作ったりと俺の看病とかしてくれるんだろ?」  俺に向けた顔は期待一杯で、俺の見舞いを夢想して喜んでいる穂高に面食らいながらも、俺の気持を漏らしてはいけないとぶっきらぼうに返していた。 「土日だったらね。平日は俺は学校でぼっちか。昼飯ん時は今坂に仲間に入れてもらうかな」 「次は断る」 「断れるか? 断れたらその日はカラオケに行こ!」 「絶対に断るよ!」  本当に次の時には穂高は断って、俺達はカラオケに行き、学校にバレて反省文をしっかり書かせられたという、間抜けながらも楽しかった日々。  愛しているから切なかった日々。  ああ、コルカスを破壊したのがお前だというのならば、お前もあの日々を奪われた事が、そんなにも辛かったのか?  俺の不在がお前を変えたというのか?  俺は両手で顔を覆った。  視界は真っ暗になって、その代わりに俺の姿が三人称のように見えた。  ヴィクが俺の壁になっているから見えなかったが、小太りの王は両脇と真後ろに近衛兵を置いて身辺を警護させて、そのうえで偉そうに近衛兵達にヴィクに剣を向けさせたのだ。 「剣を?」  俺は慌てて顔から手を外すと、ヴィクの背中に貼り付いてから、彼の肩から王の様子を盗み見た。  あれ、近衛兵達が剣を握っているのはそのままだが、俺が見た映像と違って、危機は迫っていない雰囲気だった。  近衛兵は、あ、という顔で俺に視線を向けたし、なんだか、王様は急に顔を真っ赤に染めてしまったのだ。 「勇者? 今は大事な話をしているから、俺の後ろにいて?」 「はい。ごめんなさい」  俺はすごすごとヴィクの後ろへと下がる。だが、彼の肩上を覗こうとした時に彼の肩にかけた手は、ヴィクにヴィクの肩から外される時に掴まれたまま放して貰えなかった。  俺の右手首はぎゅうとヴィクの右手に掴まれることになったらしいが、それだけで俺は大丈夫のような気がした。  ヴィクと繋がっていることで、ほんの少し前のヴィクとのひと時が思い出されたからだろう。  いや、思い出したのは彼の言葉か。  君は俺を選んだのか?  俺は最後までするぞ。  最後まで?  ……最後までって、わあ! そう言う事か!  だから全部委ねるのかって、彼は!  俺って、うわあああ! 「ご心配でしたら、我が隊はコルカスに向かいます」 「いや、それは、ああ、いい。構わない! しかしコルカスへのキドラの進軍は止めねばならない」 「安心なさってください。コルカス地方の部下に伝令は飛ばしてあります」 「お、おお。それならば!」  ここで終わればいいものを、余計な口を挟む者がいた。 「陛下! 何をこの男の言いなりになっているのです!こいつらこそコルカスにやったら危険ではないですか! こいつらは、元ファルカス人ですぞ!」  その男がファルカス人と吐き捨てたそこで、一気にぶわあと、黒い靄が室内に溢れ出した。  これはスキュラベイク隊であるファルカス人の憤怒と、そんな見下した相手に頼るしかない王の側近たちによる鬱憤の靄である。 「ではお主は何か策があるのか?」  今までのへりくだった喋り方ではなく、完全に上の立場のような喋り方でヴィクはその男に言葉を返す。  それも、小馬鹿にしたような、なんて意地悪な言い方だろう。  しかし、相手はその言葉を待っていたというように笑い出した。 「はは、あるさ。勇者を召喚し直すんだよ! もう一度! 本物の勇者だったら、そこの可愛いちびが円陣から出てくるだろうよ。または、キドラの勇者が本物であれば、奴が出てくる事だろう」  ヴィクに言い返した近衛兵の一番偉い奴らしき男は、言い返しながら自分の策が素晴らしいものだと思い込み、言葉を切ると王に叫んだ。 「どうです! 召喚し直した勇者にその場で服従の魔法をかけてやればいいのです! 勇者を手駒にできれば、脅威なんかそこで終いでしょう!」 「おお! おお! さすがだ。では召喚を――」 「しなくとも俺はここにいるよ」  ここは王の謁見室。  長方形の平面を持ち、左右対称に柱が並び、左右側面に採光用の高窓がある二階があるという、中世風ゲームの背景に必ずあるような場所。  懐かしいが冷たいものに様変わりしていた、俺が恋していた人の声は、広い広い王の間の隅々にまで響き渡る。  穂高は、その採光用の高窓の一枚を破り、誰もいない二階に廊下に立っていた。  いたはずだが、きっと穂高が排除して誰もいなくなった、そこに一人いた。  彼は自分の存在を周知させた後、そこの場から飛び降りた。    ああ、生きて君に会えるなんて!!
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