交換条件

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 王の間に穂高が降り立った。  全員の視線は穂高に集まる。  なんて劇的な演出で彼は俺の目の前に現れたのだ。 「ヒーローかよ」  ただし穂高は、この世界では勇者とは程遠い姿であった。  黒のTシャツにカーキ色のカーゴパンツ姿、そして、やはりカーキ色のマウンテンコートを羽織ってるという、この世界の事情をガン無視の服装をしていたのである。  それどころか、彼の美しかった明るい茶色の髪は、顎のラインぐらいのザンバラで、天使の輪どころか艶のなど消えた、脂ぎって乾いたものとなっている。  また、体つきは骨と皮のように見え、こけた頬のせいで頬骨が強調されていた。  さらに俺を悲しくさせたのが、いつも微笑んでいた気さくな柔らかな瞳が、黒々とした隈に縁どられた双眸となっていた事である。  俺は穂高の元へと行こうとした。  しかしその前に、俺は自分の前にある人の壁をすり抜けねばならない。  さらに俺の右手は、ヴィクによって拘束されている。  有無を言わせない風にして、右手首を掴まれているのだ。 「ヴィクって、わあ!」  俺の右腕はヴィクによって高々と持ち上げられ、まるでダンスをするようにして俺はヴィクの前に歩かされ、ヴィクが腕を降ろした後には俺はヴィクに後ろから拘束されているという図となった。 「勇者ホダカを名乗る者よ。これが欲しくば渡してやろう。己が住む異界に戻ると我らに約束するのであれば」 「ヴィク! あなたは!」 「黙れ。俺に全権を委ねるんだろう? ここは俺の思う通りにしてもらおう」  ヴィクは俺を元の世界に戻すつもりだった?  最初から?  俺は自分を拘束するヴィクの左腕を自分の左手で掴んだ。  元の世界には帰りたい。  だけど、俺は? 「ちくしょおおお! あき! お前はどうして奪われたあの日よりも可愛くなっているんだ!」  俺の思考は一先ず停止した。  悲壮感漂う登場した親友が、空気を読まない馬鹿台詞を叫んだのだ。  可愛くなっているとはなんだそれ?  俺はヴィクを見上げ、ヴィクがぷっと吹き出して顔を背けたことで、そういえばこの男に幼い少年めいた恰好をさせられていたと今さらに思い出した。  思い出せば途端に今の格好が恥ずかしい事この上なくなり、そんな感情を持ってしまった人間は逆切れするだけだ。 「っせえな! 人の服事情ぐらい鑑みてやれよ!」 「服じゃないよ! 以前よりも髪型は気を使っているし、吹き出物だってなくなったじゃないか! ちょう可愛くなっているよ!」 「お、お前は、一体何を言っているんだ! そ、それよりもさ、なんだその痩せっぷり! 馬鹿野郎が! お前こそ何をしているんだよ!」  すると、我が親友も負けてはいない。  キっと俺を睨むと、俺に逆切れっぽく怒鳴り返したのである。 「お前が消えて俺が飯を食えるはずないだろうが!」 「何ひ弱ってんだよ、穂高! 食えよ。飯ぐらい食えよ! 俺はお前と離れていても飯を食っていたぞ! お前は俺をディスってんのかよ!」 「ああ! ディスってやるよ! なんだよ! お前は俺が消えても飯を食うのかよ!」 「そうだよ! 薄情なんだよ、俺は! だからお前は飯を食ってくれよ!!そんな死んじゃいそうになってんじゃないよ!!」  俺はヴィクの腕から手を放し、俺だけだったらしい穂高へと一歩踏み出そうとしたが、ぐいっと後ろへと引き戻された。 「アキ。俺に全権を任せるはずだろ。黙れ、動くな」 「うう、ごめんなさい」 「どうして俺にはそれだ?」 「え?」  俺が見上げたヴィクは俺など見てはおらず、穂高を見て舌打ちをした。  ヴィクは穂高と戦うつもりなのか?  いや、でも、ついさっき、俺を連れて元の世界に戻れと言った。  俺が見守る中、ヴィクは再び大声をあげた。 「欲しいか! 俺の腕の中のものが!」  あ、そういえば!  穂高がここにいるのは、ダンドール国の侵略の為であったと俺はようやく思い出した。 「穂高! ここにいるグレーの制服の人達はみんな優しかった。殺されそうな俺を全員が守ってくれたんだ。だから、だから、この制服の人達には何もしないで!」 「この魔物が! そうか、この魔物が我が国にイスラーフェルを導いたのだな。おい! ヴィクトール。その魔物に拘束の魔法をかけて此方へ寄越せ!」  余計な大声を上げたのは、真っ赤な制服の男だった。  ニヤニヤしているその男は、ヴィクの方へと歩き出した。  いや、俺を受け取るために俺の方へと、か? 「拘束の魔法をかけてもお前を殺すだけだがな」  穂高は冷たく言い捨てると、右手を軽く振った。  草むらの邪魔な草を払うように。  そしてその動作だけで、穂高の近くにもいなかった赤い制服が吹き飛んで、旗を垂らしている壁に激突した。  穂高は人が死んでも顔色一つ変えなかった。  それどころか、何ともない様子でヴィクと俺の方へと歩き出した、のだ。 「放して! ヴィク!」 「俺に全権を――」 「うるせえよ! 俺がお前とお前のスキュラベイク隊をどうにかさせるわけ無いだろう! 放せ!」  ぱっと俺は開放され、俺はそのまま穂高に向かって行った。  大声で叫びながら。 「スキュラベイク隊を傷つけたら許さない! お前とは絶交してやるからな!」 「昴輝! 愛している!」  俺は穂高に抱きしめられていた。  俺も彼を抱き返した。  俺がずっと夢見ていた台詞を穂高が叫んでくれたと気が付いたのは、俺が見慣れた風景の世界を見て、その世界にはヴィクがいないと思い知った時だった。
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