帰宅

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帰宅

 俺達は元の世界に戻って来るや、制服警官によって職質された上、警察署に補導されてしまった。  平日の昼日中の街中で、おかしな格好でふらふらしている未成年がいたとしたら、すぐに大人達によって保護という名の補導をされるのは当り前なのである。  穂高は捜索願が出されていたようで、彼の両親は警察から連絡があったからと小一時間もしないで駆け付けて来た。  俺は久しぶりの彼らに頭を下げたが、彼らは俺に訝し気な視線だけを寄こしただけだった。  彼らは自分達の息子を自宅に連れ帰ることだけしか頭にないようで、息子の家出が俺のせいであるならばそれは仕方のない事だろう。  そして穂高は、彼の両親によって、無理矢理のようにして自宅に連れ帰られた。  以前よりも怒りっぽくなってしまった穂高は、俺と離される事にかなりの癇癪を見せて異世界と同じように異能を使いかけたが、慌てた俺が咄嗟に彼に抱きついた事で彼が術を発動することは無かった。  それどころか、彼は気持を落ち着かせるや、素直に家に戻ってくれたのだ。  俺は?  穂高が両親に頼んだところで、身元不明どころか戸籍のない俺は、密入国者扱いで警察に留め置きだ。  ヴィク好みの服も、俺をどこから見ても外国人に仕立ててくれたようだ。  実の両親が俺を生んだ覚えもないのだから、彼らを保護者として呼ぶことも出来ないし、この状況は仕方がない事だろう。  以前の世界にようやく戻って来てみれば、異世界に召喚された叶昴輝が、この世から存在を完全抹消されていたとは!  別世界の人間の存在を召喚するということは、一個の人間そのものの生きて来た証、そんなものを全消去してしまう行為そのものであったようなのだ。  もしかしたら、召喚に生贄が必要とされる一番の理由は、椅子取りゲームのように、椅子のない異世界の人間に椅子を与えるための行為なのかもしれない。  ほら一人死にましたから、一人分の居場所が開きましたよ。  さあどうぞ。  こんな感じの。 「まるであの世界に連れていかれた初日みたいだな」  俺の座る椅子の前には金属製の仕事机があり、そこには俺の為に淹れてくれた紙コップのコーヒーが湯気を立てて置いてある。  その湯気をじっと見て、毎朝の温かなタオルを思い出した。  温かいタオルとヴィクの優しい指使いは、彼に起こされたはずの俺の眠気ばかりを誘い、彼はそんな俺に対して低くて素敵な声で笑い声を立てるのだ。  今朝だって。  俺は彼のマッサージのような指使いにただただうっとりして、目が開けられないぐらいにうつらうつらしてしまったのだ。 「ほら、起きて」 「このまま二度寝させて。だって、天国にいるみたいなんだもの」 「そういうことは言うんじゃない」  笑っていたはずの彼は、急にぶっきらぼうな言い方をして俺を咎めた。  生と死が隣り合わせの生活をしていた人に、天国という単語は禁句だろうと、俺は思い返しながらようやく気が付いた。  俺は今朝だけでなく、どれだけ考え無しの言葉をヴィクに吐いていただろうか。  離れてたった数時間なのに、俺はどうしてヴィクの事ばかり想うのだろうか。  俺が恋していたのは穂高であり、あんなにも穂高を俺は求めていたというのに。俺は穂高と引き離されて悲しむどころか、警察署に留め置かれる事で穂高と離れていられると、ホッとしているだなんて!  俺は両手で顔を覆った。 「俺はどうしたらいいんだろう」 「昴輝、ウチで一緒に住めばいい」  穂高の声にハッとして顔を上げると、俺の前に穂高が立っていた。  洗いたての白いシャツに紺色のニットを重ね、下には灰色のウールパンツだ。  彼は自宅に戻って身なりを整えられたからか、あの日に別れた時とまではいかないが、その王子めいた美貌を少しは取り戻していた。 「穂高?」  穂高は以前のように悪戯そうな笑顔を俺に見せると、俺の右腕をぐいっと両手で掴んで引っ張った。 「君がいないと俺が家出をまたするからって両親もわかったみたいでね、喜んで君を迎えるそうだよ。さあ、ここから我が家までひとっ飛びをしよう!」  彼に引っ張られ、彼の胸の飛び込まされ、そして俺は彼に抱きしめられた。  くらっと眩暈のようなものが起き、ぎゅうと目を瞑った。  そうして目を開ければ、そこは穂高の家の玄関前。  ホテルの廊下のような内廊下に、ホテルのドアのような玄関ドアがあるという、タワーマンション特有の内装。 「テレポート?」 「そう。さあ、相思相愛になった俺達の最初の一歩だ」  俺は穂高に抱き上げられた。  お姫様抱っこだ! 「ば、ばか! 俺をそんな風に抱くな!」  俺は穂高の腕から飛び出していた。  穂高の腕から飛び出してすぐに、俺はヴィクの腕からは飛び出さなかったあの日を思い出し、俺の心が一か月前とは全く違うと認めるしかなった。  たった一か月で!
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