穂高の家での暮らし

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穂高の家での暮らし

 穂高は自主退学を学校に申し出ていたけれど、保護者である穂高の両親は学校側に一年だけの休学を申し出ていた。  俺という存在がこの世界から消えた事実を穂高だけしか認識しておらず、よって、穂高が俺が消えた日に混乱したことで数日は入院させられたそうだ。  その時の診断結果もあり、学校は療養目的での休学を認めたのだという。  だから、俺が穂高の家に居候し始めたことで穂高の精神が安定したのだからと、早速のように穂高を学校に復学させようと穂高の両親は動いた。  俺が同じ空間にいることを受け入れたが、彼らは俺が穂高の伴侶となる未来などは認めていないのである。  穂高は俺を残して自分だけが学校に行くことに難色を示したが、身元の不確かな俺を喰わせてくれるんだろ? そう俺が言った事で簡単に折れてくれた。  しかし、今日から通学する予定である彼なのに、いつまでも玄関先でぐずぐずしているのだ。  久しぶりの、それも留年してる教室に行くのは辛いかな。 「大丈夫? 母さんや父さんが酷い事でも言ったら俺にすぐに連絡するんだよ?」  俺の心配だったのか。  驚きながら穂高を見上げる俺に、穂高は俺に微笑んだ。 「君のご両親は混乱しているだけ。混乱しているのに、俺に意地悪は無いよ?」  学校の制服を着た穂高は、俺が好きだった穂高に戻ったようだった。  柔和でいつもニコニコして、周囲に気を配る優しい男。  俺達の学校の制服は、紺色のジャケットにはグリーンのパイピングがあり、紺色のネクタイにもその緑色の差し色があるというものだ。  高校生の制服にしかできない色合いであり、だからこそこの一年で穂高が纏う事になった悲壮感を綺麗に払拭してしまったのかもしれない。 「君は本当にこの派手な制服が似合うよね」 「どうしてこんな派手な制服の学校に昴輝が進学したがったのかわからないけどね。三つあったじゃない? 候補。でも君はここが良いって。確かに俺達の家から一番近いけどね」 「その三つのうちで、一番の偏差値のところは君が却下したんじゃないか。遠すぎて男子校で詰襟は嫌だって。だから俺は制服で選ぶことにしたんだ。この派手な制服を着た君を見て見たいってね」  穂高は目を細目てニカっと笑い、俺の額を自分の指で突いた。  それから玄関のシューズクローゼットの扉にある鏡に、自分の制服姿を映して自分の姿に悦になっているという風な素振りをしてくれた。 「ほら、遅刻するよ」 「わかった。行ってきます!」  俺は穂高を見送りながら、彼に対して、嘘ばかりが積み上がっていくという罪悪感ばかりが湧いていた。  彼の両親が俺を排除したい感情を抱いていることさえも、俺自身穂高との仲を進めたくは無いのだからと、俺はありがたく感じているぐらいなのである。  穂高の両親達は、俺の母と同じぐらいにハードワーカーだ。  穂高が学校が始まるまでは彼らは交互に自宅に残り、俺と穂高の関係を監視してもいたが、今日から穂高が学校が始まるからと彼らは仕事に出て行った。  俺はこの一週間で自分の居場所として作った、ハウスキーパーの仕事をするかと、玄関から踵を返してダイニングに戻る。  俺が穂高家の中で触っていいのは、ダイニングとリビング、そして風呂場とトイレに穂高の部屋。  それ以外、つまり穂高の両親の私室の中に勝手に侵入したり、そこにあるものを触ったりすれば、その時点で俺の追い出しとなる。  彼らは俺がそれをすることを望んでいるようでもあるが、俺もその望みを叶えてしまいそうな誘惑が自分の中で大きくなっている。  それをしないでここに留まっているのは、俺が穂高の再生をしなければいけないという義務感からだ。穂高への恋心では無い。 「どうして、前の感情が蘇らないのかな」  俺は自分の頭を軽く振った。  ぐずぐずしていても仕方がない。 「さて、居候らしくお仕事をしましょうか」  ダイニングの椅子の背に掛けてある、俺専用のエプロンを手に取った。  穂高は俺がこのエプロンをした姿を嫌がるが、このエプロンをしなければ未成年の俺が外に出る事もできないのである。  この世界で無国籍無戸籍な俺は、職質受ければすぐにアウトだ。  そして俺は、やはり、好きな時に外に出たいのだ。  そこで、俺は知恵を絞って、このエプロンに細工をしたのである。  穂高にアイロンプリント用の印紙を買ってきてもらい、穂高の家のプリンターで作り上げたその文字列をエプロンにアイロンすれば、あら不思議、俺はどこぞのお手伝い紹介会社の社員みたいに見えるのだ。  スキュラベイク家事代行サービスなんてロゴは、穂高には不評であったしヴィクにもきっと不評だと思うが、俺はあの俺を守ってくれたスキュラベイク隊の背中を思い出せるからお気に入りだ。  さて、俺がすんなりとハウスキーパーを任せて貰えたのは、俺には穂高にはない家事スキルが備わっていると穂高の母が認めざるを得なかったからであろう。  ぶり大根が作れる高校生男児はそんなにいないと思う。  この俺のスキルは母親が夜勤もある看護師である弊害というよりも、子供の騒々しさが嫌いな俺がベビールームや学童に行かないで済む方法を考え出しての結果でしかない。  お母さん、何でも僕は一人で出来るから一人でお留守番させて!  それに、風邪をひいて学校を休む時は、母が用意した薬を飲んで一人で自宅で寝ている方が自分的には病児保育に行くよりも気楽であった。昼休みには母が俺の様子を見に飛んで戻って来るからと、だからこそ俺は留守番を望んだのかもしれない。  大丈夫だよ、母さん。 「大丈夫、うん、大丈夫。」
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