青い空をくれた君

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青い空をくれた君

  両目を閉じればアキの顔が簡単に浮かぶと、ヴィクトルは忌々しく思った。  アキが忌々しいのではない。  アキを求め続けている自分が忌々しいのだ。  だが、それも仕方がない事だと自分の中から自分を慰める声が上がった。  たった一か月でしかなかったが、アキは脅えながらもヴィクトルを信じ、それどころかヴィクトルを恨むどころかヴィクトルの幸せこそを考えてくれた天使だったではないか、と。 「俺はヴィクが幸せだと自分も幸せだと思うからだと思う」  真っ直ぐにヴィクトルを見つめ、ヴィクトルにまともなものを食べて欲しいと望んだ幼気な彼。  トーガシャが美味しいと泣いて喜んだ話を聞いて、ヴィクトルは自分のせいで彼に食べるという幸せを奪っていたと自分を責め、出来る限りに部下に市に連れ出させて出来る限り買い食いをさせろと命じていた。 「申し訳ないからってトーガシャ一個しか食べないんですよ。隊長からだって教えてあげたら気兼ねなく他のものを欲しがるかもしれませんね。次の時には教えてあげて良いですか? いや、俺の小遣いだって思ってくれた方がいいのかな」  ヴィクトルは部下(アントン)の報告を聞いて、次の市の時にはお付きの者を変えた上に自分から直接にアキに小遣いを渡した。すると、アキはその小遣いで買い食いなどしないで、ヴィクトルにお土産を買って来たのである。  水色の石が付いた台座が銅製のブローチで、価値としては大したことが無かったが、白いレースのような筋模様がある大きな丸い石は、薄雲がたなびく青空を切り取ったようでもあった。 「どうして?」 「だって、ヴィクはマントつけないじゃん? マントを止めるブローチが無いのかなって。あなたは自分用のブローチを部下にあげてしまいそうだから、だから」 「バカだな。あんな邪魔なものは戦闘時にしかつけないよ、俺はね。それで、俺にもちゃんとブローチはあるよ」 「あ、そっか」  アキは見るからに落ち込んだ目の色になったが、彼はヴィクトルに嫌な気持ちにさせないために、アハハと笑い声を立てて笑顔を作ったのだ。  ヴィクトルはその時に何かの壁が崩れた音を聞いた気がした。  そして彼は直ぐに自室に戻ると、アキが買ってくれたブローチを自分のブローチが片付けてある箱に入れ、その代わりとして自分のブローチを取り上げてアキの部屋に戻ったのである。  もちろん、自分のブローチをアキに手渡す為である。  アキの手の平にヴィクトルのブローチを乗せた時、その時の顔をヴィクトルは何度も思い出しては、クスリと笑い声を立ててしまうのを止める事が出来ない。  アキは目玉が零れそうなほどに目を丸くし、今すぐにお前が王になれと言われて王冠を手渡されてしまった人、というぐらいに狼狽してしまったのだ。 「ヴィク?」 「いいものを君から貰ったから交換だよ」 「でも、だって! この蛇の目には宝石がはめ込まれているじゃないか!」 「でも君のブローチには青い空が埋め込まれていたよ?」  ヴィクトルはアキを手放した代りのようにして、アキの土産のブローチをマントに飾っている。  彼はそのブローチに手を当てて、交換にはならなかったと自分のブローチの今の境遇をあざ笑った。  アキはヴィクトルのブローチを、それは大事に片づけてくれていた。  それがためにそのブローチは、アキを幽閉していた部屋に置きっぱなしとなっていたのだ。  もちろん、ヴィクトルはアキの私物となったもの全部を自分の荷物として引き揚げたが、自分の棚に自分のブローチがあるからこそアキの不在に気が滅入ってもいるのである。 「自分で捨てといて、自分への心が無かったと嘆くのは情けない」 「あなたが浮かない顔をしているのは、失った少年への想いですか?」  ヴィクトルは自分が自分の想いを口に出していたと自分の口元を慌てて隠し、自分の事を知り過ぎている年上の親友を見返す。ジョサイヤはヴィクトルを責めるどころか、わかっていますという同情を寄せる顔を作っていた。  ヴィクトルは不機嫌な顔を作って見せると、話はここまでだ、という風にジョサイヤに向けて手の平を見せる。 「では、我が領土の防衛に付いて話を続けましょう」 「早くて二週間。遅くとも三週間以内にはカールはここを攻めてくる」 「あのクーデターの時にカールこそ潰しておけば良かったですね。遊び好きの迂闊な青年など、簡単に夜陰に紛れて殺す事が出来ました」 「出来る奴がここを攻めて来るよりも、あのカールの方が楽だろう?」 「戦争は数で決まるものですから、大将が出来なくとも関係ないと思いますよ?」  ヴィクトルは悪かったと親友に謝った。  召喚に二名の生贄を使ったのは、一名はアキの存在をヴィクトルの世界に引き込むためであるが、もう一名は、恋人を奪い返しに来てもらわないといけない勇者の記憶の保全と能力開花のキーワードを埋め込むためである。  勇者を操り勇者にアキを求めさせて、勇者を世界を破壊する為の手駒とする。  それが目的であったのに、ヴィクトルは勇者の出現を聞いてもアキをカナンに送ることが出来なかったのだ。  それは、ヴィクトルがアキにイスラーフェルの力の出現を見たからではなく、純粋にアキを危険な目に遭わせることが出来なくなっていただけである。 「いいんですよ。アキをあなたが勇者に返したからこそ、俺達はあなたにどこまでもついて行こうと新たに心に誓ったのですから」 「アキは本当に天使だな」 「失恋して可哀想なあなたを見捨てられなくなっただけです」  ヴィクトルは本気で不機嫌な顔を親友に作って見せつけた。
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