さあ、あなたの元へ!

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さあ、あなたの元へ!

 二刻など意外と短い。  俺は急いで穂高家に戻ると、すぐに穂高に手紙を書いた。  裏切った事になって申し訳ないという謝罪と、あの日を取り戻せる方法を異世界にて探るから許して欲しいと付け足した。  あるはずだ。  俺とヴィクが一緒になれて、また、穂高や両親が不幸でない未来を取り戻す方法が、きっと、ヴィクと一緒ならば考え付くはずなのだ。  けれど、手紙を封筒に入れる前に、この文面ではだめだと俺は思い直した。  俺が異世界に行ったと穂高が知れば、彼は絶対に異世界にやってくる。  そうして怒りのまま世界の破壊を行うだろう。  そこで書き直した。  嘘だらけの手紙だ。  身元不明のままは苦しいので施設に行き、そこで再出発を頑張るという嘘八百な文面だ。 「ごめんね」 「謝る必要など無いわ。ええ、いい文章だと思う。あとは、くじけないように足元がしっかりするまでは会いに来ないでほしいって一言を添えてくれる?」  いつの間にか穂高の母が帰宅しており、俺の肩越しに俺の書いている手紙を読んでいたようだ。  俺は彼女の希望通りに手紙に追記をし、封筒に封をすると立ち上がり、書いたばかりの手紙を彼女の手に押し付けた。 「い、今までありがとうございました」 「いいのよ。鍵は複製してはいないわよね、置いて行って。お金はそのお財布分はあげる。アルバイト料として、ええ、そうね、少なすぎる」  彼女はバッグから財布を取り出すと、そこから五万ほどを取り出した。  しかし、財布の中にはすでに一万円ぐらいはお金が入っているのだ。 「いえ、いいです」 「そうね。少ないわね。一生我が家と関係しないって約束してもらえるにはいくらぐらいが必要なのかしら?」 「いらないです。たぶん、一生ここに戻って来ません」 「そう? でも、これは持って行って。その財布の中身じゃ一夜を過ごすことだってできやしない」  俺の手には五万円が押し付けられ、それは後で返せばいいと俺は思い、彼女に頭を下げるとそのまま穂高の家を出た。  引き止められないことに感謝をしている自分が情けなく、また、心がすでにヴィクにしかない自分が穂高に申し訳なかった。 「ごめん、穂高」  自分の涙を拭えば、俺は未来を考えるだけだ。  俺はスーパーに走った。  戦闘中の彼らがお腹を空かせていたら、また、スキュラベイク隊の人達が昔話を語ってくれたが、乾いた硬い土地では小麦が育ち辛くてお腹が空いていたって話はよく聞いた。  そこで乾燥地でも育つ植物の種や、ヴィクの為になるものを買って行こうと俺は考えたのである。  買い物は財布の中身を全部使い切っての大量買いだったが、俺はこれでも足りないばかりと心配だった。  ああ、途中で薬の事を思い出して良かった。  それに、五万円を返す前で良かった。  包帯に傷薬、胃薬に風邪薬、それから痛み止め、中世の世界では無いけれど必要だと思う薬を色々と購入できたのだ。  薬はそれなりな値段がするものだ。  ドラッグストアでおかしな顔をされながらも、俺は出来る限りのものを購入して、そして、約束の場所に立っている。  もう二刻は過ぎたと、俺はぼんやりと空を見上げた。  くすんだ青色の空には、どこぞのヘリコプターが飛んでいた。  二刻だよね?  こっちの世界と時間の流れが全く違ったのかな?  あ、穂高は一か月後にあっちの世界に現われたけれど、実際は一年ぐらいこっちでは時間が過ぎていたじゃないか。  やっちまったか?  まだかまだかと、俺は待っていたが、本当は二分ぐらいで良かったのか?  俺は意味もなく周囲を見回した。  約束したのは時間だけだが、ヴィクと交信できた同じ場所に俺は戻り、そこでヴィクからの交信を待っていたのだ。  え? 待つ必要がなかったのかな?  俺が呪文を唱えてヴィクが応えたんだ。  俺が動くのを彼こそ待っているのでは無いのか?  もしかしたら、考え違いした俺のせいで二年くらい待っていたりして? 「やばい!」  俺は慌てながら両目をぎゅうと閉じて、頭の中に銀色の輪っかをイメージして、あの召喚呪文を唱えだした。 「千年円、回る、永遠に、――」 「ようやくか! 遅いぞ」  笑いを含んだ懐かしい声が俺の頭の中で響いた。  俺はそれだけで胸が幸せで満たされた。 「あなたが引っ張ってくれるものと思い込んでいた」 「ああ! すまない!」 「ふふ。謝らないで。行くよ? これから俺はそっちに行くよ? いい? 絶対にもう二度と、俺は返品不可能になるんだよ?」 「君こそ俺の元に来たならば、二度とその世界に帰れないぞ。諍いが無くて、安全なその世界に二度と戻れないんだぞ?」 「でもさ、ヴィクがいない」  急にヴィクが何も言わなくなって、俺は交信が切れたのかと不安になった。  そうだ、ヴィクがいるのは戦場だと言っていたじゃないか。  時間の進み方が同じだったら、やっぱりまだ危険な戦場に彼がいるって事だ。  戦闘中だから待てと言われたんじゃないか! 「ヴィク?」 「早くこちらに来て下さい。隊長の脳みそが壊れてしまったようです」  え?  俺はジョサイヤの言葉に首を傾げながら召喚の呪文を呟いた。
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