この世界の生活は?

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この世界の生活は?

 俺がヴィクから手渡された衣服は、チュニックのような丈の白いシャツと、幅広なのに足首のところは締まっているという、サルエリパンツに似た黒のズボンだった。  白いシャツは被るタイプのもので、首を通せるように首元にボタンが数個ついていて、その首周りからボタンのある場所まで刺繍が施されているというものだ。  そして、シャツの刺繍と同じ刺繍のある布製の帯で、腰のあたりを縛るのである。  はい。  これらを着用した俺は、コサックダンスが踊れそうなお子様に見えます。  この組み合わせはヴィクの趣味であり、この世界の通常の組み合わせでは無いのではないか、と、俺は毎朝着替える度に考えているのも事実だ。  だって、俺にニヤニヤしながら着せ替えているヴィクこそ、同じ組み合わせでもシャツは光沢のあるグレーで刺繍無し、パンツは俺ほど膨らんではいないし、ついでに帯は革製の金属バックルも付いているという奴だ。 「ねえ。いつも思うんだけどさ、この格好の俺はお祭りで踊れそうじゃね?」 「ぶ」  強面のヴィクは口を押えて俺から顔を背け、やっぱり俺の格好は彼のお遊びの一つでもあったようだと確信した。  俺から顔を背けた男は、数秒ほど肩を震わせていた。  それから彼は再び俺に顔を向けたが、その顔はいつもの優しいだけの微笑みに悪戯めいたものをプラスしていた。  つまり、悪そうな笑顔でちょっとドキッとさせる微笑みって事だ。 「あなたは可愛いから、可愛らしく飾りたくなるのですよ。朝食の後には、俺の部下達にあなたを紹介しましょう。中庭程度ですが、外に出たくはないですか?」 「出たい!」  俺は叫ぶように言葉を上げていた。  ヴィクはそんな俺に笑い声を立て、俺の頭をさらっと撫でた。 「ちゃんと、俺の言う事は聞くのですよ?」 「お、おれ。外、でる。うれしい?」 「そう。誰も幼子には警戒しない。俺があなたに子供の晴れ着を着せるのはそれが理由でもあります。わかりましたね?」  俺は大きくうなずいた。  俺が無能力な人違いな凡人だって知られれば、俺が処刑されるのは目に見えている。でも、無能力でも子供でしか無いって思われていたら、庇護心で殺されなくて済むんじゃない? ヴィクが俺に子供服を着せてたどたどしい片言を喋らせるのは、それを狙ったものである。  俺はこの世界で生きるしかない。  生き延びるしかない。  もし、俺と交換で穂高がこの世界に召喚されるのだとしても、元の世界に穂高がいなければ、俺があの世界に帰る意味など無意味だ。  それに、こんな世界に穂高を呼び寄せたくはない。  食べ物は不味く、風呂には入れず、トイレがおまる式で無くてぼっとん式だと知って喜んでしまうぐらいの世界なのだもの。  ほんとうに、飯事情にはうんざりだ。  俺は召喚されたその日は王城の少しは良い部屋に入れられて監禁されたが、その時に出された飯は、貧相どころか前の世界の犬の方が良いものを食べていたと思わせるものだった。  黒っぽくて硬いパン一個と唐揚げ一個ぐらいの大きさの臭い肉、それに野菜の青臭さのみだけ感じられるスープらしきもの。  翌日に俺はその部屋から引きずり出され、この塔に幽閉される事となったが、食事はスープとパンだけと飯ランクも下げられていた。  不味すぎて存在が消えてもどうでも良かったけどね。  噛めば噛むほど不味くさが際立つって、もう人の食いものじゃ無いと思う。  帰りたい。  さて、俺が塔に幽閉された上に肉が無くなったのは、魔法検定? なるものをした結果だ。人間違いでしかない俺に、魔力どころか勇者ジョブも見つかるはずもなく、無能の烙印を押されたからである。    今の俺は、ヴィクのお陰で首の皮一枚が繋がっているだけの、完全に監禁されている虜囚でしかない。だからこそ俺は刷り込みされたヒヨコ同然に、彼を信じ切って、彼に頼っているのだろう。 「さあ、食べましょう。今日はプディングもありますよ?」  俺はヴィクに魂を手渡してしまいそうだ。  そうできたらいいな、と思った。  今の俺は尖った小石に足元が埋まっているのに、今こそ俺を支えてくれる穂高の腕は無い。
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