頑なな男

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頑なな男

 俺がヴィクに再会した日は、ダンドール軍が砦落しを仕掛けてくる丁度その日だったという。  丁度その日どころか、数時間後には、という緊迫した時間帯に、俺はウズラの卵パック×10と持てるだけのサツマイモを携えてコンニチワしていたのだ。  また、実はこれから戦闘の最終局面を迎える司令官を、長椅子で休ませてあげるどころか俺に色々させて疲れ果てさせていたのかと、その状況を知った時には申し訳なさに俺の顔が赤くなるばかりだった。  それから俺が全く覚えてもいないことだが、俺のお陰でダンドール軍は砦落としに大砲一発ぶっぱなしただけで、後はあっさりと王都に戻って行ったらしい。  流れとしてはこうだったと、俺の見守りをヴィクによって仰せつかっていたヒュー言うのだから間違いは無いのだろう。  まず、城壁に穴をあけるために、ダンドール軍は大砲をまず一発撃った。  ドオオオンと大きな破壊音がするや部屋が揺れ、ヴィクの部屋の長椅子で寝ていた俺は目覚めた。  しかしながら、目覚めていても寝ぼけ眼だった俺は、その大音を立てた人達に向けて大声で怒鳴ったそうなのである。 「うるせえな! ヴィクが目え覚ますだろうが!」  俺の罵倒声が起きるや同時に、外で大きな破裂音という爆発音が轟いた。  その再びの大音に俺はハッとして目覚めるどころかパタッと横になり、すぐに寝ていた時と同じにヴィクのチュニックを着た枕を抱き直して寝直したそうだ。  恥ずかしい。  どうして本当の意味での、一人寝、をヴィクは俺にさせてくれなかったのか。  ファルカス人にしては明るい茶色の髪をしたヒューは、その軽やかな印象通りに軽い男だとヴィクの方が知っている癖に!  いざという時には俺を連れて砦から逃げるようにと、ヴィクはヒューに任せていたと笑顔で教えてくれたが、あなたのチュニックを着た枕を抱き締めている自分の姿など、あなた以外の誰にも俺は見せたくなかったよ?  ヒューが凄い魔法戦士でも、交友関係広い軽口野郎ならば尚更に嫌よ? 「まだ、怒っているのか?」  ヴィクは俺の左のほっぺたを軽くつねった。  ダンドール軍が王都に帰ったその後は、大将であるヴィクには戦後処理という仕事が残っている。  そのため、俺達が恋人らしく濃厚な事が出来たのはあの夜だけだ。  俺は砦の本当のヴィクの私室に住むようになったのに、ヴィクはいつでも動けるようになのか、俺と致したあの仕事用の部屋で寝起きしているのだ。  だからこうして二人きりになれるのは、一日の内で夕方の食事の時の一度きりなのである。  テーブルを挟んで向かい合っての、一日一回きりの逢瀬。  そこで俺はヴィクの指先から自分の顔を振り払うとそっぽを向き、本気で不機嫌でもないが唇を突き出した不機嫌そうな顔付をした。  すると、がたっと椅子から立った音が聞こえ、当り前のようにしてヴィクは俺の直ぐそばまでやって来るや、うわお、彼は俺の顔を両手で包む。それでもって彼は俺へと屈んで頭を俺の方へと下げ、俺の唇を貪り始めたではないか。  いや、ちょっとまって。  ここは、ちゅっ、という軽いものでいいって。  で、彼を撥ね退けようにも、俺の両腕こそヴィクの首に回されて、両手の指先なんかヴィクのシルクのような髪の毛をわしゃわしゃしていた。  慣れって怖い。  俺の可愛いピヨピヨ集団みたいに、俺はヴィクに刷り込まれている!  ちなみに、ピヨピヨ集団とは有精卵から孵ったウズラの雛28羽であり、ジョサイヤさんと砦の魔法戦士達によって全部が無事に孵化していたのは驚きだ。  ヴィクに一個ぐらい孵化させて欲しかった、というか、ヴィクと一緒に雛を孵化させるイベントをしてみたかったので、少しだけ肩透かしな気分でもある。  って、別のことを考えて自分の熱を冷ましたいのに、チュニックの襟元からすうっとヴィクの手が差し込まれ、わあ、肩をそろっと撫でられた!  俺の下半身はズキンと痛み、俺はさらに必死に気を静めようと頑張る。    だってさ、もっと猛々しちゃったところで、ポイっとされたら俺には生殺しだよ?  今や本当の意味での一人寝をさせられている俺は、毎夜ベッドの中で悶々としているんだよ。 「わあ、ちょっと待って。今はご飯の時間だった! ねえ、ヴィク!」  ヴィクは俺との口づけを止めた代わりに、俺の頭を彼の胸に押し付けるようにして抱きしめた。  俺の頭の上で大きなため息が聞こえた。 「いつになったら君を抱けるのか」 「好きに抱こうよ? 俺がダメって言ったのは、結局何もしないでお食事になったら俺の体が辛いからってだけでさって、わあ!」  俺は椅子から持ち上げられ、そのままヴィクに抱えられて、当り前だがヴィクのベッドにぼとんと投げ落とされた。  少々適当な放り投げ方だと、俺をベッドに転がした男を見上げれば、彼は俺に何かをするわけでもなく、ベッドに腰かけて頬杖をついていた。  あの考える人のポーズだ。  俺は起き上がると、とりゃッという風にヴィクを後ろから抱き締める。 「どうしたの? ヴィクに時間が無いのはわかっている。でもさ、一晩ぐらいはこの部屋に戻って眠ることはできないのか?」 「そうだな。そうだが。それにはまず俺にはけじめをつける必要もあって、その結果を考えると俺はまだ先に進めないってだけなんだよ。この自治区はまだ難民キャンプ状態だ。戻って来た民の生活のめどを立てるまで俺は動けない」  俺は頭をヴィクの背中にどこんとぶつけた。  ごほっとヴィクが咽たが、俺はお構いなくもう一発頭突きをかました。 「アキ。愛している。これは真実だ」 「愛してくれないのにか? ああ、ちくしょう。ヴィクのキスを止めるんじゃなかった。――で、けじめって何なんだよ」 「ハハハ。そうだな。話をした方がいいよな」  ヴィクの声はとても沈んでいて、俺は腕を彼の体に回して彼をぎゅうっと抱きしめ、今度は頭突きでは無く彼の右肩に頭を乗せた。 「俺は聞くよ? 何でも」 「いや。俺の話はもう少し待ってくれ。俺は最近自分が物凄い小心者だと気が付いたんだ。だから、今夜は君の話を聞きたい」  溜息を大きく吐くのは今度は俺の方だ。  ヴィクは俺にどこまでも優しいが、それは彼が良く口にしている罪悪感に裏付けられたものならば、どこまでその罪悪感が強いのかと心配になるのだ。  いや、俺だって抱えているじゃないか。  俺の不在だったあの世界、壊れてしまった俺の両親と穂高。 「アキ?」 「ヴィク。俺に魔法を教えてくれないか? 俺は知りたいんだ。俺とヴィクはこのままで、俺が不在となった世界が、あの世界で生きている両親と穂高を幸せに戻せる方法を模索したい」  ハハハハハとヴィクは乾いた笑い声をあげた。  全く嬉しくも無い、やけっぱちなだけの笑い声だ。  ああ、そうだ。  彼の罪悪感は俺を召喚した事だものね。  俺を幸せにしたいのに、俺から本来の幸せを奪っていると思い込んでいるのだ。  俺はヴィクの顔を両手で包み、ヴィクの唇に自分の唇を重ねた。  そして、俺の為には俺の成すがままにもなれる男の頬から片手を剥がし、その男の源泉である場所へとその手を伸ばした。 「アキ!」 「夫婦は分かち合うものと言うじゃないか。俺はお前の罪悪感だって半分貰う。だからお前も俺の罪悪感を奪うんだ」  俺は言うだけ言ってヴィクの口を再び封じた。
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