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みんなに挨拶したあとは
「ジョサイヤ、皆は中庭に集めてあるか?」
「はい。勇者様とお目通りが出来ると知って、本日が休みの者も出て来ておりますよ。中庭が真っ黒くなったと近衛の連中が脅える程です」
ヴィクは高らかな笑い声をあげ、俺をようやくその腕から解放した。
そしてそれは、ヴィクこそ俺に彼の部隊を見せつけたかったからのようだ。
ヴィクとジョサイヤは俺を追い立てるようにして歩かせ、俺はせっかくの外出を楽しむことなく中庭に連れ込まれた。
「はあ!」
確かに俺は息を飲んだ。
真っ黒だ。
制服のチュニックはグレーという薄墨色かもしれないが、羽織っているマントのせいで、真っ黒に中庭が染まっているのだ。
「城に詰めている者達だけですので二千人ですが、ヴィクトル・アラニエ様の命で立ち上がる兵は一万六千はおります。他国を攻め入るにも、って、おや、ああそうでしたね、あなたはまだこちらの言葉を理解されてはいなかった」
俺が息を飲んでいる状態に対して、ジョサイヤは当初の目論見通りの判断をしてくれたが、ここで俺は自分が勇者じゃ無いと言うべきでは無いのであろうか。
この目の前の二千人どころか、ダンドール国中に散らばっているらしいヴィクの兵、全部で一万六千人? が俺を支持すると言っているのだ。
明日には処刑されるかもと、びくびくしている子供の俺にだよ?
俺はさっさと殺されて、本物の穂高がここにいた方が良かったのでは無いのか?
「お、おれ。だれ、にも、死んでほしく、ない、よ?」
俺の方に太い腕が回され、ぐいっと俺はジョサイヤに引っ張られた。
彼は俺を後ろから抱き締めながら豪快に笑い、あなたの見立て通りだ、とヴィクに言った。
「この方であれば、俺は命を懸けて守る甲斐があるというものです」
ヴィクは、そうだろう、と言って笑った。
俺の頭の上で。
俺は目の前の軍団、俺を笑顔で見つめてくれる大勢の若い男性達を見返しながら、この人達を道連れにしないように、俺はヴィクの人形になるべきなんだと自分に言い聞かせた。
そして、こんな風に追い詰めたヴィクに対して、俺は初めて怒りが湧いた。
「本当に君で良かったよ。君が魔法全開であったならば、俺達は他国に今すぐ進軍させられたしれないからね」
「こら、ジョサイヤ」
「すいません。ですが、本当の事でしょう? 出現のしの字も無いイズラーフェル討伐の為の召喚と言い張ったが、その実、他国侵略の武器が欲しかっただけの話でしょう? 王たち側近は」
「そうだな。勇者が力を発揮したらそうなるな」
ヴィクの手が俺の頭にポンと乗って、俺は顔を上げてヴィクを見返した。
俺はこの世界に来て、初めて嬉しいと思えたのかもしれない。
ヴィクが俺を可愛がるのは、俺が俺であるから、彼の大事な兵士を無駄な戦場へと連れて行かずに済んでいるからだ、と。
ぐしゃぐしゃ。
俺の頭は頭の上に乗っていた大きな手に蹂躙された。
剥げるぐらいに。
「わあ!」
「隊長、ちょっと酷いですよ。髪の毛がぐしゃぐしゃ」
「ふふふ」
「フフフじゃないですよ。可哀想に」
「可哀想じゃないよ。可愛いって言え。十番を」
十番? え?
俺が怖々ヴィクを見つめると、なんとまあ、ヴィクは俺に悪戯そうな笑みを見せながらジョサイヤに空の方の手を差し出していた。
ジョサイヤは当たり前のようにして、いや、少しだけ腑に落ちない顔をしていたが、それでも素直に腰のベルトに下げていた何かを取りだした。
取り出した時にじゃらっと音がしたそれは、鍵束?
ヴィクはそれを受け取ると、自分の団員達に簡単な口上を与えた後、簡単に解散の命令を出したのである。
「隊長? 特別訓練をなさってくださらないので?」
「それは君の仕事でしょう? 俺はこの勇者を洗ってくる。ちょっと頭がべとべとすぎるよ」
それは風呂に入れてくれると言う事ですか?
でも、俺は風呂は一人で入れますよ?
「ちゃんと洗ってあげるから、さあ、行こう」
「ええ?」
俺は腕を掴まれ、俺を抱えるジョサイヤからすぽっと抜きだされた。
そして、物凄い上機嫌のヴィクによって、俺は中庭からどこかへと再び歩かせられ始めたのだ!
「ええ! どこに行くの!」
「君を洗えるところ」
やっぱり、こんな世界に連れて来られたのは無理って思った。
鼻歌迄歌っているし、なんかヴィクが怖い!
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