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汚いはきれい?
「お、お風呂ぐらい一人で入れます!」
俺を洗おうと決心している男に、俺は無駄だろうが声を上げて見た。
俺が普通に意識しすぎなのだろうが、俺にも羞恥心はある。
毎朝蒸しタオルでヴィクに体を拭いてもらっていたとしても、俺の肌とヴィクの指先を遮るタオルというものがある。
しかし、彼は俺を洗うと言っている。
そこはやめてぇ! な場所を、ヴィクの指に探られたらどうしよう。
ヴィクは意外どころか、軍人だけあって思い切りはよく、そして、今朝の着替えの時に気が付いたが、俺を弄って遊んでいる所が見受けられる。
そこで、お風呂は一人で平気だもん、を伝えて見たのだが、ヴィクが俺のノーを聞くことはない人だった事を俺は忘れていた。
完全に俺の言葉をスルーした彼は、俺の右腕を自分の左腕に絡めるようにして拘束しながら、さくさくと目指す場所へと進んでいくのだ。
俺は彼によって無理矢理のように歩かされながら、だんだんと周囲がうっそうとしたジャングルみたいな手入れのされていない庭になっていくことや、所々で壊れた石像みたいなものがあることで、本当に風呂場がそこにあるのだろうかと不安になっていった。
そうだ、ここは中世な世界だ。
気軽に風呂に入っていた時代ではない!
母の若かりし時代は、ヨーロッパの人は毎日お風呂に入らない、がデフォだったと聞いた事があるじゃないか!
「アメリカで出版される恋愛小説はね、毎日シャワーを浴びるアメリカ人女性が好むように、ヒーローがお風呂好きって設定なのよ」
高校生男児の俺には全く不必要な雑学をありがとう、お母さん。
もしかしたら、これからの俺には必要知識かもよ?
「あの。ヴィク? ……!!」
俺がこの先への不安からとうとうヴィクに声をかけたその時、俺の目の前には、とうとう、ヴィクが目指していた十番とやらが聳え立っていた。
木切れで急遽作っただけという、掘立小屋のような小さな小汚い小屋だ。
キャンプ場の片隅にある、うらぶれたシャワー室の風情のそこは、どよ~んとしていて、外見から俺は白旗を上げた。
一人で出来ると言わず、ぜんぶ、ヴィクに任せてしまおうじゃないか、と。
無理だよ! 俺は虫とかカビとか嫌なんだよ!
両親が離婚する前、看護師の母には仕事があるからと父親と二人で行ったキャンプ場は、どこもかしこも虫だらけで、シャワーなど使う事も出来ない散々なものだったじゃないか。
父も都会人。
僕も都会人。
僕達は田舎の国道沿いには必ずあるラブホに泊まり、ラブホの部屋にあるテレビゲームで散々に遊び、翌日には国道沿いにある大型スーパーで適当なものを買って、母にはキャンプしてきました風を装ったのだったと思い出した。
俺にとっては良き父だったが、こうして思い出してみると、親父はろくでも無い奴だったかもな。
「さあ、入るぞ」
俺が過去に想いを馳せていたのは、この小汚い小屋に入りたくない、そんな気持ちが酌量されるはず無いからと知っているからだ。ジョサイヤから受け取っていた鍵を使って粗末な小屋の扉の鍵をあけた男が、俺を中に入れる行為を躊躇するはずなどないのである。
いや、俺の自主性を大事にしてくれる牢番は、俺から無理という選択肢をたった一言で粉々にしてもくれた。
「雑巾みたいな臭いになっちゃいましたね。なんとかしたくはありませんか?」
「何とかしたいです!」
「では、俺に全てを託してください」
「はう!」
ヴィクは心地の良い笑い声を立てながら粗末な扉を開き、小屋がその粗末な外見を保っていた理由を見せつけた。
これは内緒の秘密の扉だったからだ。
まず、部屋の奥の中心にはビニールの子供用プールぐらいのサイズの石造りの囲いがあり、その中からは灯台のミニチュアが聳え立っている。
灯台のミニチュアの天辺には数か所に穴が開いている石球が乗っているというもので、そこから水が吹き出すのだろうが、今は完全に壊れているという風にどこもかしこも乾いていた。
そんな壊れた噴水の周りにはタイルが敷き詰められており、そのタイルも小屋の内側も磨かれていて、ここは清潔感しかない場所だったのだ。
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