2.2年B組 ④

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2.2年B組 ④

 細長い団子は二連に、時折列へと形を変え、すれ違う人々を器用によけながら進んでいく。 「千葉先生~」 「はい」 「先生ってぇ、彼女いますかぁ?」  先頭で皆と談笑する方泉の袖をツンツンと引っ張りながら、少女――相良愛美(さがらまなみ)が上目遣いで尋ねる。コテで巻かれたツインテールの先を弄り、愛らしく小首を傾げる仕草には、普段から甘えているのであろう“慣れ”がある。  確か「四姉妹の末っ子」だと尾沢先生が言っていたっけ。と、思い出しながら、方泉は悲しそうに眉を下げて笑う。 「ううん。残念ながらいないんだよね」 「え~!ラッキー!私今彼氏募集中なんですけどぉ、どうですかぁ?年下ってアリですかぁ?」  柔らかな体をピタッと腕に寄せ、グロスで輝くアヒル口から甘えた声を出す。ふわっと漂ってきた甘ったるいバニラの香りに声を詰まらせると、すかさず反対側から手が上がった。 「はいはい!私お菓子作り得意です!」 「あ~っ、ずるい!私もお菓子作れます!」 「あたしは掃除が得意です!」 「!えっと…」  一瞬の隙を突いて始まったアピール合戦に、方泉は頬を固まらせる。  「女子校って異性と触れ合う機会が少ないから、イケメンじゃない先生でもおじいちゃん用務員さんでも、みんなカッコよく見えるんですよね~」と、以前知り合いが言っていたが。  こんなにグイグイ来るのが普通なのかな?と、白熱する特技自慢に困っていると、後ろで「あのさぁ」と大きな溜め息が零れた。 「千葉先生かっこいいんだから、『彼女がいない』なんて嘘に決まってるべ」  と、強めの訛りで切れ長の一重を細めたのは、尾沢に「クラス一言葉の切れ味が鋭い」と言われていた羽田沙羅(はねださら)。呆れたように振る首と共に、襟足の短いショートカットが微かに揺れる。 「えっ、先生嘘なの!?」 「いや、本当に…」 「例え本当に居なかったとしてもさ~、杜都城大学って女子の顔面偏差値エグくて有名じゃん?うちらなんて眼中にねぇべ」  ないないと手を振る沙羅に、少女達は「んだな~…」と大きく肩を落とす。  急に盛り上がったと思ったら、急に落ち込む。ジェットコースターのような彼女達に戸惑う方泉にぴったりと寄り添いながら、愛美は淡く色付いた頬を膨らませる。 「杜都城って、なんか異常だよねぇ。地方とは言え、アナウンサーとか読モになる人がめっちゃ多いじゃん。入試の時にビジュアル審査されてたりするのかなぁ?」  「どう思う?」と、隣を歩く生徒――工藤ゆめに話しかける。  尾沢曰く、「永遠の幼稚園児」と友人達に呼ばれているゆめは、愛美とお揃いのツインテールを左右に揺らしながら、無垢なたれ目を悲しそうに下げる。 「ゆめもそうおも~う!ゆめじゃ絶対審査通らないわ~」 「…それ以前に、ゆめは共通テストも通らねぇべ」  天を仰ぎ嘆くゆめに、鼻で笑った沙羅が鋭いツッコミを入れる。  ここ、私立仙ノ宮女学園は中高一貫の進学校だが、皆が皆、勉強が得意な訳ではなく。必死に勉強して合格した途端、気力が燃え尽きてしまう人も居る。ゆめもその中の一人だ。  沙羅に反論しようにもできず、唸り声をあげるゆめ。その周りで「んだね~」「それな~」とクラスメイト達が笑う。 「もーっ…ゆめだって、やればできるもん!」 「うんうん。じゃあ、まずは赤点取らないようにしないとね~」 「いやゆめには無理でしょ」 「そうだね、無理だね」 「!!もう!みんな、ゆめの事バカにして~っ!」  大笑いする友人達に、ゆめはほっぺたを膨らませる。そしてぷいっとそっぽを向くと、ツインテールを靡かせて団子集団の一番後ろに走っていく。 「組長~、聞いて~!」  と、べそをかきながら抱き着いたのは、一人黙って歩いていた凜々花の腕。 「みんながゆめの事バカにする~」 「ゆめが勉強苦手なのはほんとの事じゃん。…って言うか、“組長”って呼ばないでって言ってるでしょ」  肩にずっしりと凭れ掛かりながら歩くゆめを、跳ね上がった目尻でジトッと睨む。しかしそんな視線を気にもせず、ゆめはさらに強く腕を抱き締める。 「えーっ…今までずっと“組長”って呼んでたのに、何で急にダメになっちゃったの?」  口をへの字にして、寂しそうに凜々花を見つめるゆめ。どこからか、「くぅん…」と切ない子犬の鳴き声が聞こえてきそうだ。庇護欲をそそる潤んだ瞳に、凜々花はうぐっと怯み、思わず顔を反らす。 「…その呼び方が恥ずかしいって、最近気づいた」 「えー!そんな事ないよ!組長だって最初喜んでたじゃん」 「よっ、…兎に角もうやめて」 「え~…急に言われても無理だもん…」 「じゃあゆめと喋んない」 「!?やだ~~!なんでそんなに塩対応なの~?」  え~ん、と泣き真似するゆめを、凜々花は鬱陶しそうに見つめる。 「またゆめがフラれてる…」  そんな二人を遠くで見ながら、沙羅が憐れむようにボソッと呟く。 「組長は急に塩になったりするからな~」 「塩って言うかぁ、ツンデレ?」 「『組長組長~』ってこっちから行き過ぎると、ビュンって逃げちゃうもんね」  「猫みたいで可愛いよねぇ~」と笑う愛美に、方泉は首を傾げる。 「何で笹野さんは“組長”って呼ばれているの?」 「!!」  目を覗き込むように顔を寄せた方泉に、愛美はドキッと顔を赤くさせる。  男の人と接する事に慣れていないからだろうか。それとも方泉だからだろうか。眼鏡の奥の大きな瞳を見つめ返すと、吸い込まれてしまいそうな不思議な感覚に陥ってしまう。 「え、えぇっとぉ……組長は、やくざとか極道系の漫画が大好きなんです。休み時間もしょっちゅう読んでてぇ…そのせいか、怒るとべらんめぇ口調?ってやつになるんです」  熱い頬をぱたぱたと手で仰ぎながら、愛美は恥ずかしそうに上目遣いをする。その横から、黒縁眼鏡をかけたポニーテールの生徒――「真面目の塊」の鈴木杏子(すずききょうこ)がひょこっと顔を出した。 「あと、凜々ちゃんは柔道部の主将なんですけど、もうなんて言うんだろ…道場に入った瞬間、覇気が出るって言うか…堅気じゃないんですよね、目が!集中するとべらんめぇ口調になるし、どこからどう見てもヤーさんなんです!」 「へ~!だから組長って呼ばれてるんだ」 「確かぁ、建設会社に勤める組長のお父さんも、柔道めっちゃ強いんだよねぇ」 「凄いね、親子で強いんだ」 「ちょっと!恥ずかしいから勝手に教えないで!」  ゆめの泣き声の奥からうっすらと聞こえてきた会話に、凜々花は眉を顰める。 「なんでぇ?“組長”ってぴったりじゃん!ね、(きょう)ちゃん」 「うん。ぴったりぴったり」 「もーっ!適当に言って!」  本人の怒りっぷりを気にも留めず、笑顔で親指を立てる二人。凜々花の眉間の皺が更に深くなるが、怒りはすぐに呆れへと変わる。  凜々花は小さく息を吐くと、腕から離れる気配のない頭にチョップをした。 「いたーっ!!なんでぇ?」  旋毛を擦り戸惑うゆめに、「もう着いたから離れて」と凜々花が短く突き放す。 「も~っ…組長めんごくない!」 「別にめんごくなくていい」  ふんっと顔を背けると、ゆめがショックで目を見開く。  「めんごくない」――意地になり咄嗟に出てしまった言葉だったが、まさか「可愛くなくていい」と切り捨てられると思わなくて。  スタスタと歩いていく凜々花に駄々っ子のような地団駄を踏むも、立ち止まってはくれず。半泣きのゆめを見たクラスメイト達が「幼稚園児じゃん」と爆笑した時。  廊下を掃除していた清掃員が二回咳払いをした。
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